「いけ、いけえフクムラサキ」

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乾ききった砂にコップの水を落したように、どこまでもしみとおるような静かな低音が満場に広がる。 まだ明けきらない、ひそやかでさざ波のように揺れる牧草地帯に立ち上がる子羊たちの頭を押さえるような、コーラングレの響きがいっぱいに広がる。すぐに、それを追いかけるようにフルートの音色が重なる。 そこには、誰かが寄ってくることを拒否するような低音が、朝もやのように広がっていく。 世界はどこから始まりどこまで続くのかもわからない。まるで嵐が過ぎ去った牧草地帯に立っているのではないかと思わせるその静けさは、そこから抜けだすことさえも忘れさせる。遠くに、そして静かに沁み通っていく時間が流れる。人々は息をひそめてその時を待つ。 やがて、そして予期していたかのように何かを突き破って突進してくる、一塊の音が襲いかかる。 それまでどこにいたかと思わせるようなサラブレッドの一団は、4コーナーを回るとエンジンを全開させる。 重なり合うひづめの音が、「ドドドドッド」と。 そして「タカタッタカター、タカタッタカター」と。 それはトランペットとホルンの戦いの始まりであった。そしてすぐにその競争に割って入る音は、俺の出番はここだけだけれど、ここに突っ立っていただけじゃないんだと、その存在を知らしめるかのように、これでもかと打ち鳴らされるティンパニーであった。 それは、ジェット機の爆音のように響きわたり、まるで津波のように押し寄せるスイス軍の騎馬隊そのものであった。 緑広がる高原の牧場で昼寝をしていたあののどかさが一変して、「タカタカタッタカタ、タカタカタッタカタ」という地響きを伴い、息せき切って迫ってきた蹄の音が、目の前を通りすぎていく。
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