見知らぬ老紳士

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見知らぬ老紳士

ウトウトとしていたら私の席の通路を挟んで横に座っている紳士風な老人がこちらを見ていた。 老人は私に和かに微笑んだ。 そして私に言った。 どこまでおいでですか? 私は大阪までと答える。 それじゃまだまだですなぁ、私は貿易関係の仕事がらこの様な物を持って来ました、いかがですか? 老紳士は風呂敷から一本のウヰッキーを出した。 ホウ、英国産ですか?・・と私は聞いた。 老紳士はコクリと頷く。 私も長い道中なのでこの様な物を持参しております。 そう言って私は酒瓶を老紳士の前に出した。 老紳士は笑っていた。 それから二人で飲み始まった。 新橋で買った南京豆を摘まみで飲み出した。 取り留めのない話しが続く。 老紳士が私の歳を聴いて来た。 御維新から二十三年・・! 来年には四十三になります。と私は答えた。 ホウまだまだお若い、私はそろそろ還暦を登る最中ですなぁ!と老紳士は答える。 取り留めのない話しはなおも続いた。 御維新の頃は武士でしたか?・・と私は老紳士に聞いた。 老紳士は苦笑いをして首を振った。 嫌々今でこそ、この様な身形をしておりますが若い頃は沖仲仕でして、徳川の頃はそれこそ輸入は御法度なればいわゆる抜け荷をしておりましてなぁ・・その頃の顔馴染みから現在の輸入品等等の商売人になり申した。 老紳士は笑いながら答える。 あゝそれでご立派な体躯をなさっておりますなぁ! 私の相槌が気に入ったのか・・それとも酒が回って来たのか、老紳士は饒舌になっていた。 その頃の抜け荷と言えばそれこそ御法度の品が手に入りましてなぁ、それがおかしなことに抜け荷を欲しがるのは御公儀に近い大名共なんです、方や御法度、方や珍しき物を欲しがる・・これは徳川も長くは無いと当時から思っておりました。 饒舌な老紳士が淀み無く話していた。
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