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眞子の視線を受けて、酔った男は自虐的に笑った。男の耳にあるいくつかのピアスが揺れる。
「手に入れられないもの。永遠に」
その口調、その言葉、全てに悲壮感を覚えて眞子が口を噤んだ。そこですかさず和希が「悲観的だね。あなたなら手に入れられそうなのに」と言ったが、男はガクンと頭を垂れて言葉にならない言葉を吐いた。
「ノーマルな奴らにはわかんないよ。恋愛に苦労しない奴らにはわかりっこない」
誰に言うでもなく口にした言葉は酔っ払い特有の不明瞭さもあったが、結局全員に届いていた。すくっと立ち上がると「トイレ!」と宣言してヨロヨロと歩き出した。正確にトイレに向かっているようなので皆で見送る。
どんどんと客が増えていく店内は賑やかさが増していた。酒が入った客たちの陽気な声が飛び交っている。
眞子は温くなってきた熱燗に手を伸ばす。
「ゲイの恋愛も大変なんだねぇ」
そうだねと優男が同意したが、あなたは違うでしょうとすかさず眞子が突っ込んだ。
「むしろ、さっきの彼曰く恋愛になんの苦労もしない奴ら代表」
柔和な顔をくしゃりとさせると「代表って」苦笑い。
「モテるでしょ」
優男は困った顔で笑うだけだった。そういうところがモテるのだろうと和希も感じていた。余裕もあるし、変な否定もしない。嫌味がないのだ。
酔ってはいないが眞子は肩を竦めて愚痴る。
「私はちょっと変人扱いされる事が多いし、カズは格好良さすぎて男にしか見られない可哀想な女の子なの。あなただけ悩みがない人種」
褒められてるのか貶されているのかわからないと、答えに窮す優男に和希が助け舟を出した。
「悩みはあるでしょ。何でも揃っていても」
「あるよ。君たちだってモデル並に整った顔立ちだから、端からみればなんの悩みもなさそうだよ」
優男の視線が眞子にいき、和希に向かう。和希は眞子と優男を見て目をクルンと回してみせた。確かに人並み以上の容姿をもった面々だ。和希は特にその容姿に苦しめられているのが途轍もない皮肉だと思った。
今口を開けば愚痴しか出てこないと感じた和希が、グッとこれを堪えてトイレの方へと顔を向けた。
「ま、悩みなんて人それぞれだから。それよりあの人大丈夫? トイレから戻って来ないけど」
優男もトイレを見るために首を伸ばした。
「困っちゃうよね。俺の目下の悩みはあれだな。やさぐれたヒロをどうやって軌道修正させるか」
半分腰を上げてイスから抜け出た優男を眞子は見上げて言う。
「軌道修正? ゲイからノーマルに軌道修正?」
優男は驚いたように顎を引いて、笑いながら否定した。
「まさか、そんなこと思わないよ。普段はいい奴なんだけど恋愛でたまにああやって荒れるから、それを軌道修正してやりたいって話。ほんと、普通の時はいい奴なんだ。じゃあ、ちょっと見てくる」
立ち上がって優雅に歩き去る男を眺めていた眞子が「色んな人種がいて面白い。それだけ愛も色々あるよね」と、愛の話がぶり返してきたらしい。
「愛も色々、悩みも色々」
和希の言葉に眞子が真顔で頷いた。
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