出会い

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出会い

 赤提灯が掲げられた居酒屋の中は繁盛していた。香ばしい香りにほんの少しの磯臭さ。  黒髪のロングヘアーを無造作に束ねた整った横顔がガリチューのジョッキを覗き込む。 「愛ってなんだろう」  そう言いながら眞子(マコ)は向かいに居る和希を見た。色素の薄い目や髪、それから中性的な耽美さをもった和希(カズキ)がダランと居酒屋の椅子にもたれ掛かって「さぁ」と答えた。一見、海外の映画に出てきそうな憂いを帯びた美少年のようだった。  ジントニックのグラスを持ち上げ和希は続ける。 「また愛について、ね」  苦笑する和希の正面で至って真顔な眞子が永遠のテーマだもんと呟いた。 *  大学の映える煉瓦造りの壁の前で(レイ)と和希がツーショットで自撮りしていたのはかれこれ四時間前のことだった。  さっさと写真だけ撮ると礼はバイトだからと二人に別れを告げて去っていった。その後十分足らずで二人の写真はSNSにアップされていた。 「仕事はや」  確認した和希が自分のスマホを見せると、眞子は覗き込んで呆れた表情で顔を歪めた。 「礼はカズを彼氏役にすんの、いい加減辞めたらいいのに。大学入ってから二年。ずっとやってるのどうなの」  和希は煉瓦の前で横を向く澄ましたショートヘアの自分を眺めて「男にしか見えないからね」とため息をついた。  自分のスマホを弄りだしていた眞子がチラリと和希を見て、直ぐにスマホ画面に視線を戻す。 「男みたいな格好するからそうなるんだよ。ねぇ、それより飲み行こう。ここ」  眞子のスマホ画面は亀裂だらけで見え難い。整った顔立ちとは裏腹に、ズボラさが突き抜けていてバッグの中はグチャグチャだし、スマホの画面は何時まで経ってもボロボロのままだ。 「なんか良いお店なの?」  画面を確認することを放棄した和希に、眞子はスッとスマホを閉まって「平日だと安い飲み放題あるんだって。しかも画面見せると更に五百円引き」と強い使命感のようなものを滲ませる。  そしてやってきたのが格安の居酒屋だった。  眞子はよく「愛ってなんだろう」と問う。それは蚊に刺された痒みみたいに定期的に襲ってくるものらしく、特に飲むと血行が良くなって頻繁にやってくるのだ。 「見返りを求めない心かなぁ」  最後の一口分を飲み干すと、和希はジントニックのグラスを翳して通りがかった店員にもう一杯と告げる。眞子はすかさず熱燗を注文した。 「礼の無礼を許すのは愛ってことね」  眞子に言われて、和希は即答する。 「いや、あれは断るのが面倒くさいだけ。害もないしやりたいならやればって感じ。バレた時恥ずかしいと思うけどね、礼が。架空彼氏でしかも女同士だもん」  真摯に頷いて、ジョッキの中のしょうがをマドラーで引っ張り上げ、眞子は口の中に放り込んだ。 「私は与えたら与えた分だけ愛して欲しい。見返りは欲しい。そうでしょ?」  和希は色素の薄い茶色の目でジョッキの中のしょうがを眺めながら「そうでしょって言われても私はまともな付き合いしたことがないからな」と眉根を寄せた。 「これまでの人は愛じゃなかったんだね」  恥ずかしげもなく眞子は愛を連呼する。確かに愛はなかったなと和希はぼんやり溶け出した氷をみつめた。男にしか見えない和希と付き合いたい男なんて、大した輩じゃない。興味本位とかそんなところだ。  店員がジントニックと熱燗を運んで来たタイミングで真横のボックス席に若い男二人が座った。  一時黙った眞子が禅問答みたいな会話に戻る。 「この前会った人、なんとなく愛せるっていうかさ、いけるかなって思ったの」  ん。と、気の抜けた返事をしながら、和希は届いたジントニックをチビチビと啜る。 「でもヤッたら気持ちがスッと引いちゃって、なんか違うんだよね」 「しないで暫く付き合ってみればいいのに」 「そうするとなんか微妙な空気になるじゃん」  和希はグラスを置いた。 「それはもう愛とは違うんじゃないの?」  そこで隣に座ったどこぞのアイドルみたいな童顔の男が身を乗り出してきた。明らかに酔っている。 「とはいえ、やるのは愛情の交換でもあるよな」  和希は見覚えのある顔をまじまじ眺めていたが、男の方はかなり酔っているようで目がトロンと溶けたようになっていた。 「勝手に話に入るのはよくないよ。ごめんね」  もう一人の男が謝る。優男なその人は泣き黒子のある端正な顔立ちをしていた。  話に割り込まれたことなどまるで気にしない眞子は酔った男に「愛情の交換かぁ。でも愛がなくてもエッチするじゃない? それは?」と話を振った。眞子は酒に強く、何時間もアルコール度数の高い酒を飲んでいても素面だ。そして、この会話も真顔でしている。 「精液の交換」  酔った男の答えに、優男が分かりやすく慌てていた。 「ほんとごめんね。マジで酔ってて」  卑猥であけすけな眞子の会話に慣れていた和希は動じることもなく頬杖をついて、男たちを眺めていた。やはり、この童顔を知っていると思ったが口には出さなかった。  それよりも、優男のフォローなどどうでもいいように眞子が続けた。 「いいの、いいの。じゃあさ、愛ってなんだと思う?」  眞子の永遠のテーマを酔った男に投げかけた。
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