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第一話 買取り価格
「高木さま、お待たせいたしました」
店員が高木健人の座るテーブルに戻ってきた。
「はい」
健人は緊張した。一体いくらになるのだろう。数十万円、いや数百万円かもしれない。
「正直に申します。驚かないで下さい」
店員は健人の目をじっと見て、笑みを浮かべた。
「は、はい」
店員の笑みを見て、健人の期待は膨らんだ。
これでしばらく仕事をしなくても食べていける。今日は祝いに焼肉でも食べに行こう。
店員が白い手袋を外した。
「お値段はつけにくいのですが、これくらいですかね」
店員が電卓を叩きながら言った。
「はい」
健人は生唾を飲み込んだ。
「どうぞ」
店員が電卓を健人に向けた。
健人は電卓に表示される数字を覗きこんだ。電卓に表示された数字を見たあと、桁を間違ったんじゃないかと店員の顔と電卓の数字を繰り返し見た。
店員は唇を噛みしめて小さく頷いた。
「せ、せんえん」
健人の声が裏返った。
「ええ」
店員は伏し目がちに言った。
「ど、どういうことですか。そんなはずないです。ちゃんと鑑定してください」
「残念ですが、これはどこにでもあるただの赤い石です」
「ただの赤い石」
健人は店員を睨みつけた。
「ええ」
「こんなにピカピカに赤く光ってるんだぞ」
健人はテーブルを叩いた。
「確かにこれだけ赤くてピカピカな石は珍しいですが、長い期間磨き続けただけで、中身はただの石にかわりありません」
店員は淡々としている。
「これはニセモノで、お袋が騙されたってことなのか」
「この石はお母さまのものでしたか」
「そうだ。お袋が大切にしてた石だ」
「お母さまが、これをどのように入手したかはわかりませんが、高価な宝石などと言われて高額な金額を支払ったのなら、騙されたということになります。そこはお母さまにご確認下さい」
「お袋は先月亡くなった。それで遺品整理をしてたら、これが出てきたんだ」
「そうでしたか。ご悔やみ申し上げます」
店員が小さく頭を下げた。
「お袋はこの石を毎日丁寧に磨いてたんだ。すごく大切にしてた。きっと高価なものだと騙されて買ったに違いない」
健人は両拳を握ってテーブルを叩いた。
「お父さまもご存じないわけですか」
「親父は俺が幼稚園の時に死んでる」
「それは失礼いたしました」
店員は頭を下げた。
「この石をお母さまが大切にされていたのなら、お母さまの形見として、あなたが大切になさったらいかがでしょうか」
「けど、お袋はニセモノをつかまされてたわけだよね。そんなものを持ってても気分が悪いだけだ」
「では、私どもで買い取らせていただきましょうか」
「いや、そちらも迷惑でしょ。本当は千円の価値もないわけでしょ」
「ええ、まあ」
「いいです。ムカつくから俺が処分します」
健人は赤い石を握って立ち上がり、そのまま買取り専門店を後にした。
「ありがとうございました」
「クソー、ニセモノかよ」
健人は買取り専門店を出てから、赤い石を右手の中で強く握りしめて歩いた。
買取り専門店に持って行く時は、この赤い石を傷つけないようにと、布に包んで大切に持ってきたが、今は握り潰したい気分だ。
さすがに握り潰すだけの握力はもってないので、近くの川に怒りをぶつけながら投げつけてやろうと思った。
お袋は誰に騙されたんだ。それに、この石をいくらで買ったんだ。お人好しなお袋のことだから、幸せになれる石だとかなんとか言われて高い金を支払ったに違いない。
「お袋のバカが」
健人は呟いた。
健人は母親を騙した奴を探し出して殴りとばしたい気分だったが、母親が亡くなった今となっては探しようもない。
この石を持っているだけで気分が悪くなる。数十万、数百万の金にかわると思った自分が情けない。さっさと捨ててしまおう。
健人は子供の頃によく来た川原に立ち、なんの価値もなかった赤い石を怒りを込めて思い切り川に投げた。
「お袋のバカヤロウー」
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