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「バカな! ここに真作があるっていうのに、あんたはあの複製画を真作だと言うのか!?」
「同じ年代を示すデータがあり、そっくり同一な2つの絵画がある。そして片方には心を動かす美しさがあり、もう一方は拙い。ならば真作は美しい方でなければならない」
美術の深淵を覗き、それに魅入られた者にとって美しさは絶対の基準である。
少なくとも私にとってそれは揺るがない事実。
瀬尾は怯えたように顔色を無くした。
木乃伊のような衰えた肌に清潔な白手袋だけが浮いて見える。
「狂ってる。分析も鑑定もせずに真贋を下すなんて……もういい、別の画商に持って行く」
そう言うと、再び持ってきた絵を包み始めた。
一刻も早くここから立ち去りたいと言わんばかりだが、まだ話は終わっていない。
「無名の複製画家である貴方と、S美術館の主任学芸員だった私。世の中はどちらを信じると思いますか? この業界は広いようで狭い。私の一声で貴方の話を信じる者は居なくなるでしょう」
彼の手が止まる。
ギラギラと輝いていたはずの目から徐々に光が消える。
絶望が目を曇らせていた。
「この絵を真作として出させねえ気か。怪物だ……あんたもあの婆ァも……」
「それは貴方も同じでしょう。見たところかなり生活に困窮なさっているようだ。手が震えて仕事にならなくなったのはいつからです? それでもその絵を複製画としてでも売らなかったのは、その絵の美に取り憑かれたからではないのですか。それを真作としてしか手放す気にならなかったから、自らの命の限界まで踏ん切りがつかなかったのでしょう。天才贋作者として歴史に名を残したい、しかし責めを負うのは嫌だという浅ましさがそうさせたのだ」
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