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肩書きと真贋
都内の最低気温が氷点下まで冷え込んだ2日後、私の画廊に2人の刑事が訪ねて来た。
野暮ったく縫製の荒い吊るしのスーツの内ポケットに警察手帳をしまいながら、少し年嵩と思われる方の男が訊ねる。
染みついた煙草の匂いが漂った。
「瀬尾 鉄平という男をご存知ですか」
「数日前にここへいらっしゃいましたよ」
私の答えに、彼らは顔を見合わせた。
「では、この絵を知っていますか?」
若い方の男が差し出した1枚の写真には、見覚えのある絵が写っている。
「『この絵』と断定は出来かねますが、これと同じモチーフのものを瀬尾さんは売りにいらっしゃいました」
言葉の意味が理解出来なかったらしく、彼らは不審げに眉を顰めた。
「美術品に携わる者は不用意に同定が出来ません。ですからこの写真の絵が私の見たものと必ずしも同じとは申し上げられません」
真作、贋作、複製、模写……美術の世界には似て非なるものが多く存在する。
不用意な発言は己の審美眼に傷を付けかねない。
若い方の男は小さく、あぁと呟いた。
「生活安全課の者から聞きました。以前は国立S美術館の学芸員だったとか」
「ええ」
絵画の転売には古物商の鑑札が必要となり、それは警察の生活安全課の管轄だ。
私は学芸員を定年退職した後、この画廊を開く為に古物商の鑑札を取得していた。
「では鑑定に関してはその道のプロなのですか」
「そうですね。前職の前は大英博物館のケミカルラボにも籍を置いておりましたので、目利きには自信があります。だからこそこうして画商を営んでいます」
この業界で肩書きは大きな意味を為す。
美術という決まった形の無いものを鑑定する為には、鑑定者の知識と目が確かである事の証明が重要なのだ。
事実、大英博物館という肩書きに彼らは目を見開き、先程までとは違う敬意の籠もった眼差しを向けて来た。
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