肩書きと真贋

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彼らに言っても決して理解はされないだろう。 しかし私はぽつりと呟く。 「美術の深淵を覗いたから……」 案の定、ふたりはぽかんと呆けたように口を開けた。 「はぁ?」 「価格の折り合いがつかなかったのですよ」 そう言えば、なるほどと得心がいった顔を見せる。 そのくらいのものなのだ、彼らにとっての絵画の価値は。 「ところで、瀬尾さんに何かあったのですか?」 私はここまで何も聞かされずに質問を受けていたのだが、彼らははっとした様子で頭を下げた。 「ああ、何もお伝えしてなかったですね。自宅で亡くなったんですよ。80過ぎの独居老人ですからね、心臓麻痺で動けなくなったようでそのまま。事件性は無さそうなんですが、大事そうに絵を抱えていて……盗品か、贋作じゃないかって上が言うんで一応調べとったというわけです。そしたらあなたの名刺を持っていまして。でも出どころの怪しいものではないようですね」 「そうでしたか……これもご縁ですし、あの絵を処分する際にはお声がけくだされば私の方で買取させていただきますと、お身内の方にお伝え下さい。幾らか色を付けて買取致しましょう」 彼らの去った後、私は数日前にここを訪ねた男の事を思い返した。 かつて私達の目を欺いた一人の天才の事を。
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