瀬尾鉄平という男

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瀬尾鉄平という男

訪ねて来た男は、酷い身なりをしていた。 浮浪者だと言われれば誰もが納得するような汚れたコートに、垢染みたグレーのスラックス。 髪も脂ぎっていて何日風呂に入っていないのか疑問な程だ。 そんな人物を追い出さなかったのは、彼の絵画を見る目に強くギラつく光を見たからだけではなかった。 「いいものを揃えた画廊だ。だが、一番奥のそいつは修復を入れた方が良い。そのままじゃいずれちまう。大正だろう? せっかくの名品が勿体ねえ」 油絵はどれ程適切に保管したとしても、経年劣化により絵具が剥落してしまう。 明日修復師に引き渡す予定の品だが、かなり早めに補修の手を入れることにしたものだ。 銘板は外してあるというのに、男はその絵の時代を当たり前のように見抜いた。 「俺は瀬尾鉄平ってもんだ。あんた、田口コレクションの鑑定主任だった人だろ」 田口コレクションとは、資産家であった田口けえ子氏が晩年に国立S美術館へ寄贈した、絵画を中心とした美術コレクションだ。 寄贈されたのはもう26年も前であり、これらの鑑定の責任者は当時40代半ばで主任学芸員をしていた私だった。 どうやらこの男はどこかでそれを知ったようで、私の名刺をひらひらとさせる。 内密に見せたいものがあると言われ、訝しみながら応接室に通すと男は抱えて来た包みをゆっくりと注意深く机に下ろした。 「念の為お断りしておきますが、うちでは贋作や盗品は取り扱いません」 男はふんと鼻を鳴らして、当たり前の事を言うなとばかりに小さく唇を歪める。
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