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「『パリの夕景』を覚えているかい」
「勿論。全盛期から晩年にかけて人物画を描いて評価された明治期の作者であるМ氏の、若き日の油彩風景画です」
田口コレクションの中でも、これの真贋については随分と揉めた。
そもそもМ氏が風景画を描くだろうかという疑問から始まり、若い日の作品にしては円熟した手を怪しむ声もあったのだ。
しかしX線蛍光分析機まで使用した年代鑑定の結果、真作であると判断した。
更に言うならば未発表ではあるが、あのカンバスには油絵の下に真作の証拠となる彼の手によるスケッチが……
「油絵の下に裸婦のスケッチがあるだろ」
心の中を読まれたようなタイミングに、ポーカーフェイスを取り繕う事が出来なかった。
唖然とした私の顔を見て、男はケケッと不気味に笑う。
「何故……」
「知ってるさ。あれは田口の婆ァに頼まれて俺が描いた複製画だからな」
カッと頭に血が上る。
それは私の鑑定眼を否定し、科学分析の結果を蔑ろにし、何よりもあの素晴らしい作品の芸術性に泥を塗る言葉だ。
怒りのあまり拳を握り締めて立ち上がった。
「何を言って……!」
「まあ聞けよ。あの作品はな、明治後期に田口けえ子の祖母さんが若き日のМ画伯から贈られたもんなんだそうだ。その祖母さんってのはパトロンやってた親父を通じてМと知り合い、恋仲になったらしい。けどな、片やお嬢様、片や貧乏な画家の卵。当然猛反発食らって、Мはパリに留学って名目で飛ばされちまった」
取るに足りない与太話だとは思ったが、耳に入れば気にはなる。
田口家が古くから続く名家である事は田口コレクションを調査した時に聞き及んでいたし、けえ子氏の祖父が画家達の支援をしていた事もその時に知っていたからだ。
そしてМ画伯は彼の支援を受けてパリへと留学している。
そこまでの話に矛盾はなかった。
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