瀬尾鉄平という男

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「ではあの裸婦のモデルはけえ子氏の祖母だと?」 「そうだ。ふたりは深い仲だったんだろうな。Мはデッサンを描いたものの、本人にそのまま贈れば親父さんにバレちまう。だからその上から『パリの夕景』を描いて贈った。そしてその秘密はけえ子だけが祖母さんの口から伝え聞いていたんだ」 当時の貧しい画家達がカンバスを使い回していたのはよくある事だ。 『パリの夕景』の下に裸婦のスケッチがあった事もそういった事情からだと考えられていた。 しかしこれまでそのモデルが誰だったのかは明らかになってはおらず、またそのデッサンを隠すためだけに描かれたとすれば、彼がこれまで残すことのなかった風景画を描いたというのも合点がゆく。 評価の高かった人物画では、パトロンであった主人に売られてしまう可能性があったからではないだろうか。 それでも疑問は残る。 「それが本当だとして、何故複製画を作る必要があったのですか」 「けえ子はな、あの絵を世に出したかったのさ。誰にも口外できなかった祖母の恋の証を多くの人間に見せて、認めて欲しかったんだとよ。乙女チックな婆ァだよ。けれど同時に自分の手元に置きたいって欲も捨てきれなかった。だから本物は自分の手元に置いて、そっくり同じに作らせた複製画をS美術館に寄越したんだ」 くだらない……と一口には言えなかった。 美術に関わる者の中には必ずその相反する2つの感情がある。 素晴らしい品を皆に見せて評価を受けたい、しかし手放したくはない。 その葛藤もまた美の深淵に囚われた者にとっては当然と言える。 しかし…… 「そんな馬鹿な! X線蛍光分析機の年代測定をも誤魔化すなんて……そんなことが……」
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