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IV
【一ヶ月後】
「きぃ〜!! またハロルドがやって来るわ。あなた、代わりなさい」
「えっ、あの……」
あれからハロルド様は頻繁にこのお屋敷を訪れている。その度に私はデートやら、お茶会やらに身代わりとして引っ張りだこだ。紫の鏡は過労死寸前だろう。今日もまた、鏡はピカッと光り、私の胸囲をパツパツにした。
「はい、あとはよろしく」
お嬢様はいつものように雑に私を手鏡で変身させると、自分はそそくさと遊びに出てしまう。毎回、お嬢様の姿になって着替えるのも一苦労なのに。私は困ったことになったなと思いながらも――浮かれている自分に気がついてしまった。
*
「君はイチジクのタルトが好きだったな。……どうした?」
「い、いえ」
(ハロルド様案外良い人なんですよねーー)
馬車から降りる時に手を貸してくれる。食事の歳に嫌いなものがないか聞いてくれる。好きなものを覚えてくれている。やってくれていることは、一般的な紳士と変わらない。だけど、メイドとして雑に扱われてきた私にとってはどれも初めてで目新しいことだった。
(いやぁ、まさか、そんな。ニセモノの分際でお嬢様の婚約者を好きになってしまうとか、そんなベッタベタなこと、あります!?!?)
恋愛小説で何度見たかわからないテンプレをまさか自分がやることになるとは思わなかった。しかし、テンプレと違うのは、私はこの恋が叶わないことを十分に理解していることだった。
(ビオラお嬢様は性格と行動がアレなだけで、見た目は帝国でおそらく一番美しいのです)
ハロルド様を見上げる高さになる小柄な身長も、男ウケの良いプロポーションも、高い身分と資金力も、全てホンモノのビオラお嬢様のもの。私は魔法が解ければただのガマの穂なのだ。
「元気がないな。体調面であれば医者に診せに行くし、精神面であれば気晴らしに見晴らしの良いところまで案内しよう!」
「大丈夫ですわ。けれど、見晴らしの良いところには一緒に行きましょう? 私、ハロルド様ともう少しだけ一緒に居たいです」
今は少しだけ、このニセモノの令嬢ごっこに浸りたいのだ。
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