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紀元前527年5月、古代エジプト第26王朝、イアフメス二世王治世の時代。
かつて栄華を極めたエジプトだが、内紛や異国の侵略を受け、もはや衰退の一途を辿るばかりだった。
だが今日もまた近隣諸国の多くの移民たちが豊と成功を夢見て、黄金の王国、エジプトの国境を越えるのだ。
リビア砂漠、エジプトとリビア国境沿い。
「ついにきたな」
ムクターは馬車の速度を落とし、両目を輝かせ広大な砂漠を見つめた。
目の前に広がる砂漠の大海原、同じ砂漠でも故郷リビアの砂漠とは比べ物にならないほど輝いて見えるのはここがエジプトだからなのか。
「父さん、ここから先がエジプトだね!」
レイラはすぐにでも馬車から飛び降りたくてしかたがない。
「そうだよ、レイラ。夢の王国だ」
ムクターは一人娘を振り返りながら、笑顔を見せた。
「憧れの黄金の都だわ」
母親のマブルーカは黒い瞳を爛々と輝かせる。
「母さんは黄金という言葉に弱いよね」
今年十三歳のレイラが悪戯っぽく言う。
「そりゃそうよ。愛より黄金だわ」
マブルーカは当然とばかりに言ってのける。
「愛こそすべてだよ」
ムクターはむすっとした顔で一言いって、彼方を眺めた。
「あなたのそんなところが好きで結婚したけど、愛だけじゃ食べていけないわ」
マブルーカは夫の横顔をきつくみながら、リビアで如何に生活が苦しかったか不満を並び立てた。
「僕がプロポーズした時、君は本気で僕の愛を受け入れてくれた」
ムクターはムキになって言い返す。
「あなたが言葉巧みに騙したんじゃない!」
マブルーカは今にも噛みつきそうな形相で夫を睨む。
「父さんも母さんも、もうやめて!」
レイラは黒くて大きな目を潤ませながら二人をにらんだ。
娘の声にハッとし、夫婦は沈黙した。
「豊かなエジプトだから、みんな幸せになれるんでしょ。ね、父さん!」
大きな瞳でレイラは両親を見あげた。
「そうだよ! だから来たんだ」
ムクターは大きく腕をひろげ、それから腰にあてて胸を張る。
「母さん、あたしたち、もしかして黄金の宮殿に住めるかもしれないわ」
レイラは胸の前で手を組み瞳を輝かせた。
「そ、そうね」
マブルーカは恥じ入りながら娘に微笑む。
「プルルー」
その時、聞いたこともない不思議な鳴き声がした。
明らかに犬やネズミの鳴き声とは違う。
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