第一章 始まりの悪夢

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 じぃっと答えを待つような間に耐え切れず、適当な言い訳をでっちあげて言葉にする。 「緊張しちゃうんだ、天成くんみたいな人と話すの。ほら、私陰キャだから」 「そう」  すうっと吸い込んだ息の音に、これでおしまいだとわかった。  今日をうまく乗り切った。  天成くんは、なぜかこんな私にいつも話しかけてくれる。  心が惹かれてしまうのだけは、避けないといけない。  だって、私は天成くんを好きになる資格なんてないのだから。  天成くんの足を見ながら、わざとらしすぎるくらいゆっくり進んで、遠ざかるのを待つ。  いつまでたっても、天成くんの足は私と並んで進む。  何かあるのかと、顔を上げればズイっと顔が近くにいて驚いてしまう。 「ひゃっ」  どくんっと心臓が跳ねて、体中に熱が走っていく。  天成くんは、笑い声をあげて、細い腰を自分の腕で抱きしめる。   「ははっ! そんな声出せんだ、唯野さんって」 「笑わないで、よ」  緊張のあまり、唇の右側がヒクヒクとする。  うるさいくらい音を立てる心臓を手のひらで押さえつけて、天成くんの口を見つめた。  少しだけ、緩んだ頬に目が止まる。  そして、天成くんは、指でメガネを作って目元を覆う。 「唯野さんって、メガネだったけ?」  可愛い仕草に、また、脈が早くなる。  あれ、でも、普通に会話できてる?   普通がわからないくせに、普通じゃないのに、ううん、だからこそ私は普通にこだわってしまう。   「ずーっと、メガネだよ?」  メガネを押し上げるしぐさをして、元々だよ、と伝えてみせた。  天成くんは不思議そうな顔をして、上擦った声で答える。   「そっか、俺のかんちがい」 「そうだね」 「ね、友だちになろ。俺、唯野さんと今友だちにならないとダメな気がする」  ひゅっと喉の奥が詰まる感覚がする。  友だちになろう、なんて小学生以来に聞いた。つい笑いそうになってしまった。  それでも、言葉の重みに胸が締め付けられている。  私が天成くんと友だちになるだなんておこがましい。  胸の中では好きになってはいけないと、言い聞かせる思いがふくれあがっているのに。 「むり」  なんとか一言だけ言葉にすれば、天成くんはむっとしたように頬を膨らませる。  その仕草すら、私の心を惹きつけてやまないのが、もはや憎らしくまで思えた。  不意に「憎いは愛情の裏返しだよ」なんて誰かの言葉がよぎった。  誰かが言っていた言葉、誰か、なんて今はどうでもいい。  それよりも、どう逃げればいいのか考えることに必死だった。   「なんで」 「むりむり、天成くんと友だちなんて無理!」 「なんだよそれ。これ以上絡んだら、嫌われそうだから、今日はここまでにする。またね! 唯野さん」  ひらひらと手のひらを振って、軽く走り出す天成くんの後ろ姿を見つめる。  校門はもう目の前に来ていて、自分から友だちにはなれないと断ったくせに、ほかの人に見られたら困るから? と勝手な理由付けをして心が落ち込んだ。  天成くんの大きな背中は太陽に照らされて、とても暑そうに見えた。  触れたらきっと火傷してしまう。  触れられる距離にはいないのだけど。
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