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「宇津木君のことは、よく図書室で見かけていました。読書が好きなんですか?」
星宮さんが帰ると、優美先生の視線は俺に向いた。
「はい」
俺は短く答える。
「私も読書が好きです。本を読んでいると、その作者と会話をしている気分になります」
優美先生は、とても穏やかな表彰を浮かべる。
「でも、読書と演劇は関係ないですよね?」
俺が聞くと、優美先生は首を振る。
「そんなことないです。本をよく読んでいると、内容の把握がしやすくなります。つまり、全く読まない人よりも台本の覚えが早いかと思いまして」
優美先生の言葉に、俺は首を振る。
「確かに、そういう人もいるかもしれません。ですが、俺は物覚えが悪い方なんです」
俺が言うと、優美先生は更にこう続けた。
「コンクールまでは1カ月もあります。これから練習すれば、きっと覚えられます」
「そうですか」
俺は、少し考えた。演劇というのは、役者が脚本家の気持ちを考え表現するということだ。いくら高校演劇とは言え、やるからにはきちんと表現しないと失礼だ。
自分の気持ちすらうまく表現できない俺に、そんな大役が務まるのだろうか。自身がない。
つまり、俺が出すべき答えはこうだ。
「すみませんが、俺にはできません」
俺の答えに、驚いた表情をしたのは望月さんだった。
「え……?」
彼女は何か言いたそうにこちらを見ている。
「そうですか。お時間を取らせてしまい、すみませんでした」
それとは逆に、優美先生はあっさりと俺の答えを受け入れた。
「それでは今日はこれで。二人とも、お気をつけて帰ってください」
優美先生はそう言い、俺らを残して学習室を出て行った。
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