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「――で? おつかいは明日こそちゃんと出来ますか?」
コイツの言う〝おつかい〟とやらは、俺たちの職場、立浪市役所商工観光課にこの春、新卒で入職してきた絶賛俺が指導中の女――小鳥遊 陽――の連絡先を訊いてこいとかいうふざけたもので。
恋人に女の連絡先を訊かせるとは何事だ?
由貴の考えていることがサッパリわからなくて、何ならもう泣きてぇくらい腹が立つのに、素直になれない俺は、ちゃんと俺だけを見ろと言えない。
「何で俺がそんなことしなくちゃいけねぇんだよ? 小鳥遊と遊びてぇならテメェで訊けばいいだろうが」
「颯くんに訊いて欲しいんです。キミが好きだから」
言っていることの意味がわからない……。
好きなら遊び相手の女の連絡先なんて訊かせるか?
俺は殺して俺だけのものにしてやりたいほど由貴を愛してるのに、コイツはもう俺のことなんか少しも好きじゃないだろ?
(でも、俺は別れるなんて言ってやらねぇんだ……)
「小鳥遊の連絡先訊いてどうするつもりだ?」
「うーん、どうしますかね? 颯くんは嫌ですか?」
俺はまた懲りずに煙草を取り出して火を点けるけれど、もう由貴はそれを制してはこなくて。
結局キスしたくないのかよ、と紫煙を燻らせながら気付かれないように煙と一緒に大きな溜め息も吐き出す。
「好きにしろ。俺にやめろとでも言って欲しいのか?」
由貴はまた摑みどころのない顔をして、「颯くんは言わないでしょうね」と言いながら、晒していた裸身にバスローブの袖を通した。
「さっさと寝ろ」
煙草の灰を落としながら視線を逸らすと由貴は「颯くんも早く来てくださいね? 今夜は寝かすつもりはありませんから」と言いながら寝室に入って行った。
ほんともう、どういうつもりなんだよ。
何で俺だけこんなに好きで好きで執着してんだよ、素直に好きって言えない俺はなんだよ。
俺だけのものになれよって言ったら由貴はどんな反応をするだろうか、『嫌だ』って言われるのが怖くて言えない俺は本当に情けなさすぎる。
煙草を灰皿に押し付けて。
今日はもうキスしてもらえないんだなって思ったらやっぱり溜め息がこぼれて、由貴がここにいなくてよかったと心底思った。
(仕方ねぇから今夜もあの絶倫男に付き合ってやるか……なんて思いつつまんざらでもねぇ俺も大概だ)
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