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夜の街で
「はぁぁぁ~~」
沙織は長い溜息をついた。
「ちょっと、やめてよ。幸せが逃げるわよ。」
同僚の志保が沙織を見ながら言った。
今日はなんとなく暇なガールズバーの中だった。
「だってさぁ、このまえずっと私のことを推しだって言ってくれてた田沼さん。買ってくれた『ダイヤモンド』って言ってたネックレス、イミテーションだったんだよ。」
「なんでそんなことわかったのよ~。あ、あんた売りに行ったわね。」
「だって、田沼さん、転勤でいなくなっちゃったし。次の推しの為にもアクセサリーは少なめにしておかなきゃね。首のあたりが寂しいなぁ。とか思ってもらわなきゃ。
それなのに、結局はニセモノだったのよ~。結局お店に来る推しなんてさ、みんなニセモノってことよね。」
「信じてる方がお馬鹿なんじゃないの?まともに相手にされてるわけないじゃない。
私達、高級ホステスじゃないのよ。ただのガールズバー。」
「でもさ~、高級ホステスって知識も必要、話し方もきちんとしてないとだしさ、一回勤めたけど学歴もない私には無理だったわよ~。
あはは~、つまり私達も女としてはイミテーションってことかなぁ。」
一人だけ来ていた客がポツンと言った。
「それは心の持ちようでしょう?自分をイミテーションなんて言っちゃだめだよ。みんな可愛い女の子でしょう?そこは本物でいなくちゃ。」
「そういえば、お客さん初めてですか?今日ご指名は?」
「そうだねぇ。まだ本物になっていないのガールズバーの女の子かな。」
そう言って、店の隅できちんと膝を揃えて、皆のおしゃべりにも加わっていなかった新人の女の子を指さした。
「・・あ・・・」
新人が逃げようとした瞬間、客が新人の腕を掴んだ。
暴力はごめんいただきたい。とみんなが身構えたときだった。
「僕のどこが嫌でそんなに逃げるんですか?僕が本物の社長だったから?遊びで付き合うのが怖くなっちゃったのかな?」
「・・だって・・・私、出会い系で初めて付き合った人が本物の社長だなんて。私なんて魅力もないのに。中卒だし。仕事してないし。」
確かに、その新人は顔は可愛いが、まだ中学生くらいに見えた。一応店にも年齢制限はあるのだが、こんな場末のガールズバーなので、可愛ければ雇ってしまう。
「だからって、夜の仕事にいきなりつくなんて無謀だなぁ。ねぇ、店長さん?年齢確認しました?この子多分18歳未満ですよね。」
「あぁぁ、連れて帰っていただいて大丈夫です。まだ今日が初めての顔見世で誰の指名もついてませんから。警察だけはご勘弁を。」
「はい。じゃ、君は僕があずかりますね。一緒に帰りましょう。」
「ちょっ・・まっ・・・」
力では到底かなわないので、新人はそのまま社長が連れて出ていってしまった。
沙織が呟いた。
「わ~、ドラマみたい。あの子これからシンデレラになるのかなぁ。」
「12時で魔法が覚めない永遠のシンデレラだと良いね。」
志保は本気っぽい声で呟いた。
この店にも本物がいた。
そんな望みを持って、みんな本物の何かを探しながら、今日も客を待つ。
【了】
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