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綾継さんのシミュレーター。
『週末は初めてのデート! 春と何処へ行く? ①海 ②山 ③ショッピングモール ④自宅』
謎の選択肢だった。こんな物へあんなに難しい顔をして向き合っていたのか。何これ、と端的に問い掛ける。すると綿貫は低い声で、シミュレーター、とだけ答えた。
「シミュレーター? デートの?」
「違う。これは綾継さんだ」
いきなり意味がわからない。何言ってんだ、と率直な感想を口にする。
「だから、綾継さんのシミュレーターなんだよ」
だから、という単語が意味を成していない。首を傾げると別のタブでとあるページを開いた。
『綾継春さん 本人監修! 綾継シミュレーター!』
一番上にデカデカと書かれている。その下の説明書きを読んだ俺は、成程、と呟いた。
「要は綾継さんとの相性を計れるものなのか」
「そうだ。全部で二十個の質問に答えて綾継さんとどのくらい気が合うのかを調べられるシミュレーターだ」
「気持ち悪いな」
「お前にとってはそうかも知れんが俺は物凄く真剣だ。今、十八問目。まもなく診断結果が出る」
「たった二十問で相性がわかるかっての」
「本人監修だぞ!? 信頼度は高い!」
「何処のどいつだ、こんな胡散臭いサービスを公開しているのは」
「綾継さんの所属事務所。無料だから得るものはあれど何も失わない」
そうかな。人として大切な何かを失っている気がするぞ。一方綿貫は、いざ、と質問画面へ戻った。こき下ろしながらも綿貫と綾継さんの相性が如何程なのか気になったので、俺も隣のダイニングチェアに座る。
長考の後、綿貫はデート先に山を選んだ。その心は、と問い掛ける。
「ショッピングモールは人が多い。初デートで自宅は早い。そして海は水着姿が照れ臭い。故に山を選んだ」
「消極的な理由だな」
「理由があるだけいいと思え」
次、とボタンを押す。
『もうじき春の誕生日! 何をあげる? ①ネックレス ②ポーチ ③タンブラー ④ハンカチ』
ぬおぉ、と綿貫は唸った。どれにしよう、と青筋が浮く程悩んでいる。俺ならタンブラーかな、とぼんやり考えた。一番実用的だし値段もそこそこする。丁度いいだろ。
「よし! ネックレスだ!」
重いな、とすぐに頭を過った。
「高そうだし綺麗だから! まあ綾継さんは美人だから何でも似合うだろうけど!」
質問する前に理由を教えてくれた。そうか、と一つ頷いてみせる。
「さあ、次の質問だ。これを終えればいよいよ相性がはっきりするぞ……!」
生唾を飲み込んだ綿貫が次へと進む。
『最後の質問! 春が他の男性共演者さんの格好いいところを話し過ぎちゃったら、あなたはどうする? ①嫉妬して拗ねちゃう! ②甘えて自分を見て貰う ③一緒にその共演者さんの番組を見る ④お茶を淹れて一緒に飲む』
いやどういう四択だよ。一はクソ。二もキモイ。三は自虐的。四に至っては意味がわからん。綿貫はどうするのやら、と覗き込むと今度は顔が真っ赤になっていた。
「え、お前照れている? この質問の何処に照れる要素があるんだ?」
「……綾継さんに甘えるなんて、考えただけで幸せだ」
「自分の妄想に幸福を感じていたんかい!」
「ひえぇ、どんな風に甘えたらいいんだ!?」
「心配するな。そんな日は来ない」
「て、手とか握ってもいいのかな……」
「大学生にもなってウブ過ぎるだろ」
「だって綾継さんだぞ!? あんなに綺麗で天真爛漫な女優さんには触れることすらおこがましい!」
「女優さんだって人間だろ。俺らと三つしか違わないし」
即答すると、これだから田中は、と肩を竦められた。小バカにされたようで若干苛立ちを覚える。
「何だよそのリアクション」
「凄い人だよね、って素直に受け入れず、人間だろ、なんて言うお前の捻くれ具合に呆れている」
「事実だろ」
「いいの! 綾継さんは凄い女優さんなの!」
「会ったことも無いのによくそう褒められるよ」
「ファンだからな!」
キッパリと宣言されて、流石に此方も返答に詰まる。そうか、としか出て来なかった。
「よし。折角だから、ここは甘える、を選ぼう。恥ずかしいが、とてつもなく顔が熱いが、今選ばなければ俺は一生綾継さんに甘えられないからな!」
「……それ、綾継さんじゃなくてシミュレーターだぞ。本人じゃなくて、チンケな偽物」
「偽物だとしてもチンケじゃなくて精巧だね。本人監修なんだぞ!?」
心の綺麗な奴だ。回答! と叫んだ綿貫は二番を選び送信ボタンを押す。さて、相性の診断結果とやらは、と。二人で画面を見詰める。すぐに表示された。
『綿貫 健二さんと春の相性は……』
スクロールしないと見られない構成になっていた。しゃらくさい。盛り上げて来るな、と綿貫は笑っていた。寛大だなお前は。そしてようやく見られた結果は。
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