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家族になります
─────── 婚約式 ───────
「リグレットッ!! 探したよ?」
「どなたか存じませんが、ドレスルームですよ!?」
カラスリー先生が、ノックもなく扉を開けた人を睨みつける。
振り向けばお坊ちゃまがいる。
今の今まで、私はお坊ちゃまを、すっかり忘れていた。
あのお屋敷が世界の全てだった頃には考えられない。
「お婆さーん。リグレットは僕のです。返してください」
「出ていきなさい」
カラスリー先生は、屋敷の護衛に視線をやる。
貴婦人に「お婆さーん」は失礼極まりない。
私にとってカラスリー先生は、礼儀作法の先生だけじゃない。
人生を諦めた私に、生きる力をくださった人。
冷静になった頃、怒りに任せた復讐を反省した。
本人を前にすると、足りなかった気さえする。
侯爵家で騒ぐなんて、あまりに幼い。
「触るな。僕は次期伯爵だぞ。リグレット。愛してる。帰っておいで。望むなら、もっと愛してあげる」
二人の衛兵に腕を押さえられながら、お坊ちゃまは言った。
私はツカツカと廊下に出る。
「愛してたならなぜ『なんでもいいなりの僕のおもちゃ』などと?」
「覚えてないけど、たぶん見栄張っちゃっただけだ」
「大切な私の孫を、呼び捨てにしないで頂けます?」
先生も廊下にいらして、身を挺し私を守ってくださる。
「ちょっと、お婆様。また、いいとこどりして」
騒ぎを聞きつけ、とんできたニコラス様が慌てる。
私だって、お坊ちゃまに言い返そうと意気込んでた。
けど、先生の「大切な私の孫」という言葉が嬉しくて、目頭が熱い。
「閉じ込めて、大切にしなかったのは君だろ?」
「騙したなぁ。ニコラスッ! 俺の物を横取りするなぁ───ッ!」
「私の片思いを知ってから執着して隠したくせに、よく言う。もう離さないよ? 私の全てを捧げて、リグレットを一生大切にする」
まさかそんな理由で閉じ込めたとは!
それを私は喜んだとは!
惨めさが甦る。
お坊ちゃまは、首だけを私に向けて微笑む。
「リグレットは、僕を好きだと言ったよね?」
「私は家族が欲しかった。でもそれは分不相応な望みだと思い込んでいました。邪魔しないでください。私は大切に愛され、今とても幸せです」
「後悔してるんだッ!! 僕が大切にするッ!」
「お坊ちゃまは全く成長してません。逆らえないおもちゃが欲しいだけ。女はおもちゃじゃありません」
「結局、身分だろッ! 金だろッ!」
「違います。わからないのですか?」
「僕の言うこときかないなら、偽の身分だとばらすぞッ! リグレットだけ幸せになるなんて許さんッ!!」
「やってみろ。君の家ごと潰してやる」
ニコラス様は静かに怒る。
それだけで、お坊ちゃまは怯えてしまう。憶病な人だから。
「もう。婚約式が始まってしまいます。先生、お席まで行きましょう」
先生を挟んで、ニコラス様と歩く。
常に喪服の先生が、鶯色に金糸の刺繍のドレス。
祝ってくださるお気持ちが伝わってくる。
後ろでまだなんか叫んでるけど、お坊ちゃまはどうでもいい。
お坊ちゃまは、きっと一生「お坊ちゃま」だろう。
大切な人と家族になれる幸せが、心の底から嬉しい。
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