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今日の日差しが終わろうとしている。
いつも客の少ないその店で、店員は怒声を浴びせられた。
ニセモノという事
どうかしましたか?とカイキが対応すると、客である中年男性は鼻を鳴らした。
彼の言い分曰く、この店の服は偽物だと言う。
そんな訳ねえだろと怒鳴ってもよかったが、それはそれで面倒臭かった。
「正当な値段にしたら買ってやる。そうじゃなかったらどうなるかわかってるな?」
この街じゃそんな恐喝も珍しい事ではない。
相手をするのも癪だが、変な噂を流されたらそれも面倒だ。
どうしたものかと考えて居たら、禿親父の肩に手が置かれた。
「この店に何か?」
低く優しい声に二人は目をやる。
口角は上がって居るが、サングラスの奥の鷹の眼は威圧感が有った。
ひっ、と、中年親父は小さく悲鳴を上げる。
「此処の洋服は俺も好きなんだ。そんな服が偽物だ言われたら、俺は悲しくて悲しくてその噂の元をどうするか……わかるよな?」
ギロリと朱眼が怯えきった中年を刺した。
可哀想なクレーマーは小さく震えながら後退りをする。
失礼しましたあ!!!!と悲鳴をあげながらそのまま店を出ていった。
「いやー助かりました!ありがとうございます!」
常連のツレであり、何度かこの店に訪れてくれている男に礼を言う。
彼の事情と性格を知っているのでカイキは気兼ね無く話せた。
ヨリタカは、見た目通りヤクザの組頭である。
「やっぱヨリタカさんかっけえっすね!」
反社の人間に向けるには眩し過ぎる笑顔で言った。
「いやいや、こういう事しか出来ないからね」
味方には柔和過ぎる顔をするのもそういう人間らしい。
「いやいや、やっぱ迫力が違いますよ!任侠!って感じで!まあ映画の知識しか無いんすけど」
「組の事なんて要らない知識さ。それに俺はそういう意味じゃ"偽物"だからね」
その言葉の意味がわからずカイキは首を傾けた。
「俺の組は解体したも同然なんだよ」
話を聞けば、今の組はキャバクラの運営しかしていないらしい。
元々悪どい事もしていたが、ヨリタカには性が合わなかった。
「事業を縮小したら、そんなのはヤクザの皮を被ってるだけの偽物だ、って組を離れる者も多かったよ」
カイキは詳しくないからわかったとは言わなかったが、そんなものなのだろう。
ただ、ヨリタカが善人である事だけはわかった。
朱の眼が少し曇り、カイキは思う。
「ヨリタカさん、この時計どう思います?」
左腕を差し出し、手首の黒くてゴツい腕時計を見せた。
「え?……かっこいいな、って思うが」
「でしょ?これ高校の時兄貴が誕プレにくれたんすよ」
鷹の眼は正直に驚く。
「随分と物持ちが良いね」
「そこは俺の数少ない長所っす!あとブランドモノって長持ちするじゃないっすか」
そうだね、とヨリタカは頷いた。
「でもこれ、実はニセモノなんすよ」
ここだけの話、と小声で囁くと、え、とヨリタカも声を漏らす。
「一見わかんないっしょ?長持ちしてるし、何よりかっこいいのには変わりない!」
カイキは満点の笑顔を見せた。
「だから、ニセモノだってかまわない事もあるんすよ!」
ニセモノだろうが何だろうが、これは兄貴のザントがくれた大切な物だ。
偽物なんか使うなと言われてるけど、プレゼントに貰えたのが嬉しかったから愛用している。
「ニセモノとかホンモノとか、俺はあんま関係無いと思いますよ」
勿論店の服は本物ですけど!と注釈する。
「ホンモノを越えるニセモノだって有りますよ!」
カイキの励ましにヨリタカは面食らった。
ニセモノという言葉は、存在全てを否定するレッテルである。
けれど、目の前の男はそれすら肯定した。
本当に、太陽の様な男だとヨリタカは目を細める。
「……やっぱり俺はこの店が好きだな」
ヨリタカが表情を崩し褒めると、ありがとうございます!!とカイキは元気良く返した。
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