みんなにせもの

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 友人から、相談があるとラインがきた。金ならないよ、と返事をしたら、そうではないとすぐに返事がきた。  だったらいいか、と思い、ぼくたちは週末に会うことにした。  最近はみんな、金のことばかり考えている。悩みは大体、金がない、だ。金があったら好きなことができるとか買えるとか、モテるとか。そんなことばかりで嫌気がさしていた。  久しぶりに会った友人は、べつに悩んでいるふうでもなく、ぼくを見つけると「よっ」なんて言って調子よく手をあげた。 「なに、元気そうじゃん」  とぼくは向かいの椅子に座った。 「ま、元気なことは元気だ。恥ずかしいくらいに」  すでに友人の前にはたべかけのパフェがある。パフェを食うやつに悩んでいるやつなどあるものか。悩みがあるっていうのは口実かもしれない。であるならいったいなんでぼくを呼び出したのだろうか。  もしや、詐欺とかネットワークビジネスの勧誘か? 結局は金にまつわる話なのかもしれない。ああ、こんなふうにひさしぶりに会った友達を警戒するなんて、世の中ろくなもんではない。しているのは自分だけれど、勝手に世の中に責任転嫁した。そう、自分以外が悪いと思うほうがいい。そのまま突き詰めたらそれはそれで鬱っぽくなりそうだ。でもいまのところ、その考えは健康的なのではないか、と思って率先してぼくは他人事にしている。  ぼくもパフェを注文した。男二人でパフェ。一人でパフェよりはましな気がする。 「で、なんなの」  パフェがくるまでのあいだに話が済みそうな気がした。 「食ってからのほうがいいんじゃない」  友人は言った。 「深刻な話なのか?」  まったくそう思えず、ぼくはからかうように言った。 「変な話なんだよ。自分でも意味わかんなさすぎる」  友人はへらへらしている。こいつは昔から、真剣味が足りないと教師に怒られるたかわいそうなタイプだ。だから彼なりに深刻なのかもしれない、と思い直した。 「じゃあ、そうするか」  パフェがくるまでのあいだ、久しぶりだったので近況報告となった。大学はなんとか卒業できるらしい(二回留年しているけど)。会わないあいだにいい感じになった女の子がいたけれど、付き合うまでには至らなかった。就職はあんまり深く考えていない。そもそも、働き口はあるならどこでもいい、という。  ぼくのほうを話そうとしたとき、ちょうどパフェがきて、ぼくらは店自慢のやたらと生クリームの盛られたパフェに夢中になった。  友人いわく、最近家族が全員総とっかえしたという。 「なにそれ」 「いや、家族が家族じゃないんだよ」 「意味わからん」  とほほ、と友人はいまどき漫画でも言わないようなことを口走って、困った顔を見せた。さらりと「カウンセリングとか行ってみたら」と言える雰囲気ではなかった。店は明るくて活気があり、あちこちのテーブルで女の子たちがおしゃべりしている。ぼくらは場違いな客だったけれど、まわりはパフェに夢中でとくに気にもしない。カウンセリングとか病院とか神経とか、そんなワードは似つかわしくなかった。 「なんか、違うんだよ、みんなどこかよそよそしい。あっちが確実に変わっている。絶対に。」 「そりゃ留年しまくりの息子なんて腫れ物扱いだろう」 「そういう話じゃなくて、俺のことをまるでにせものみたいに思っているんだ」 「なんの」 「俺の」  俺のことを俺の偽物と思っている。なんかでたらめな文章だな、と思った。 「それは、ほんものがどこかにいて、お前がしれっと入れ替わったって家族が思っているってこと?」 「まあざっくり言ったら」  飲酒できる店に連れていったほうがいいのかもしれない、と思った。被害妄想ってやつじゃないか? 大学を卒業できることが決まって、次の居場所に対して不安を抱えているから、とか。励ましたらいいのかもしれない。できるだけなんでもないふうを装って肩を叩いたりしたほうがいいんだろうか。ぼくはそんな陽気なキャラじゃないし、逆に不審がられるかもしれない。 「それは、家族全員が?」 「ああ、親父もおかんも妹も、なんか微妙に違うんだ。顔も考えてみりゃ  ちょっと違っている気がする。ほくろの位置とか、ちょっと鼻が大きくなっているような気がしたり。なのに、あっちのほうが俺のことをにせもの扱いだ。ついには昨日、母親? に『なんだか以前と違う』って真顔で言われたし」 「髪型が変わったとか、雰囲気の話では?」  友人の説明をうまく理解できず、ぼくは言った。なんだか以前と、なんてよくある言い方だし、ナーバスに受け取りすぎなんじゃないだろうか。 「帰るのが怖いんだ。他人と暮らしているみたいだ。家族じゃないのに家族っぽいプレイ? ごっこ遊びでもしているみたいで。したくもねえのに」 「気にしすぎじゃない」  としか言えなかった。 「一度うちにきてくれないかな」 「え、おまえんちに行ったの中学のときだし、家族の顔とか忘れちゃってるからわかんないよ」 「なんか、どうしたらわかってくれるんだろうなあ。雰囲気見りゃわかるんだよ、絶対に」  友人が頭を抱えた。  はじめとはずいぶん変わってしまった。  店のいる人々は、友人のことなど気にせずに楽しげだった。  それからしばらくして、友人が亡くなったと連絡がきた。葬式は身内で済ましたという。お線香をあげさせてください、とぼくは言い、友人の家へ向かった。  仏壇に飾られた友人の写真に、見覚えがなかった。どこか印象の薄い笑顔の男に、あれ、こんな顔をしていたっけ、と思った。 「わざわざきてくださって」  友人の母親がぼくに頭をさげた。 「いえ、すみません。ご迷惑でしたよね」  身内で済ますのはわりといまどきポピュラーなことだから、それほど気にはならなかった。死因は教えてくれなかった。 「じゃあ、これで」  とぼくが立ち上がったとき、 「なんだか、うちの子、まだどこかで生きている気がするんですよ」  友人の母がぼんやりと言った。 「そうですよね、急でしたから」  ぼくは、我が子を失った目の前の女性に同情した。 「そうでなくて、なんだか死んだのが、ほんとうにあの子なのかって。どこかで元気にやっているような気がしてならないんです」  ぼくは、ほんとうにここが、友人の家なのか、と思った。いくら思い出そうとしても記憶が曖昧だった。ぼくはべつの家にあがって見知らぬ死んだ人に線香をあげているんじゃないだろうか、と思えてきた。 「あのう、この家は」 「え?」  訝しげな表情を浮かべる女性に、ぼくは一瞬口ごもり、そして、 「ぼくも、まだどこかで生きている気がします」  仏壇のほうを向き直り、友人でない男の写真を、眺めた。  家族がにせものなのか、友人がにせものなのか、もうどうでもよかった。この家から逃げ出さなくては、自分もにせものになってしまうような気がした。 違う。すでにぼくは、この家では、にせものの友達なのかもしれなかった。
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