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「ぶっちゃけ本物と偽物は紙一重でね」
あまり将来の花婿を困らせてもと思い直し、話を続けることにした。萌歌が私を「彼氏に無茶振りすんじゃねーよ」と睨んでいるしな。
「ある瞬間は本物であっても、時間とともに偽物になることもあるし、その逆だってあるものなんだ」
「はぁ⋯⋯」
純粋な青年には分かりにくい説明だったかも知れない。
「ちょっと待ってなさい。面白いものを見せてあげよう」
そう言って私は席を立ち、物置の奥から古い紙箱を持って戻ってきた。
「何、それ。あたし見たことないけど」
不思議そうな萌歌に「開けてみていいぞ」と差し出す。
「ん⋯⋯? 何これ?」
案の定、反応は微妙だった。それが分かっていたからこれまで見せることはしなかったんだ。
「⋯⋯古いお札? にしても見たことない」
だが、青年はそれの正体を知っていたようだ。
「これは凄い、旧関東軍が満州で発行していた軍用手票ですね。僕も実物を見たのは初めてです」
「ぐんようしゅひょう?」
どうやら萌歌は歴史の勉強に興味が薄かったようだ。
「そう、軍用手票。略して軍票と呼ばれたものなんだ」
この青年は歴史に強かったか、もしくは軍事ヲタクなのかもと想像するのも楽しいものだ。
「元々は欧州が戦争で使い始めたものなんだ。遠征先で食糧などを入手するときに民家から強奪すると角が立つだろ? そこで『これはお金として使えるものだ』と強弁して軍が発行した『通貨もどき』なんだよ」
「やれやれ、詳しいな。私の説明パートがかなり減ったよ」
そう肩をすくめて笑ってみせる。
「ええっと、もどきってことは『偽物』ってこと?」
萌歌は頭がこんがらがっているようだった。
「うん。国の中央銀行が発行したものじゃないから『本物』じゃない。だから戦争が終われば大抵は『紙くず同然』になるんだよ」
青年は私と萌歌に『少しいいところ』を見せられて嬉しそうだった。
「そうだな。よく知っていると感心したよ。この軍票は私が祖父から『おもちゃにでもして使え』とくれたものだ。⋯⋯これ一枚が、現在の価値で言うなら一万円くらいだったらしいが」
だがそれも今は昔の物語。
「でも、昔は『本物』として使ってたんだよね?」
うーん、と萌歌が頭を捻る。
「そうだね。東南アジアの一部では旧日本軍がいなくなってからも暫くは流通していたらしいし⋯⋯」
青年が口ごもったようなので、ここからは私が引き継ぐとしよう。
「その通りだ。だが今は『偽物』になった」
私が、伝えたいのは。
「いいかい、私が君に問う『本物』とは『時間』の話なんだ。それがどれだけ長い間『本物』でいられるのか。例えば『金』のように永くとかね」
「あの、もしよければですが」
おずおずと青年が身を乗り出す。
「この一枚を、私の一万円札と引き換えて貰うことはできますか?」
「ん?」
意味が分からず聞き返すと。
「もしもこの先、何かあったときにこの軍票を見つめて初心に返るきっかけにしたいんです。『僕は将来に渡って本物の愛を続けると約束したじゃないか』って」
そう言って、青年は財布から一万円札を一枚取り出す。
「そうか」
私はその2枚の紙切れを引き換えた。
「じゃあ私も!」
そうして今日、さっきまで偽物だった軍票の二枚は『本物』になった。
人の心に永遠なんて分からない。今は本物でも将来は偽物になるかも知れない。
だが、とりあえず今の彼らの心に宿る愛は偽物ではないのだろうと私は納得をした。だから。
「本物とは言えぬほど至らぬ親であったと思うが、私が今まで娘に注いだ愛は偽物ではなかったと自負している。なので、あとはよろしくお願いします」
軽く微笑んで、ゆっくりと青年に頭を下げる。窓辺から差し込む光は淡く、とても優しげに思えた。
完
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