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一瞬、固まったのが分かった。
すぐに手を伸ばして、私の手を掴んで──くれようとしたけれど、かすかに指先が触れるだけで私はそのまま階段から落ちた。打ち所が悪かったのだろう、そこで私の意識はぷつりと途絶えた。
意識が遠のく中で、旦那様が半狂乱になって暴れている物音や声が耳に届く。
「ナタリア、ナタリア──っ、君がどうして──昨日までは、確かにあったのに」
「番紋もあるのに、どうして君を、ツガイとして認識できないんだ!?」
「あの女の言葉通り、【運命のツガイ】は君じゃないのか!?」
旦那様の声が胸に来る。やっぱり私が妻になったのは間違いだったのかしら……。
もしやり直せるのなら、旦那様が壊れてしまう前に──。
***
「──んん」
カーテンから差し込む日差しが眩しくて薄らと目を開けると、白いシャツに袖を通していた旦那様──イグナート様が視界に映った。
眼鏡をかけておらず、いつもの凜とした姿にウットリしてしまう。死ぬ瞬間は走馬灯なるものが見えるらしいと聞いたことがあったけれど、それなのかしら?
そんな風にボーッと、愛しの旦那様を見ていたら視線に気づいたのか、目が合った。カミソリのように鋭い目付きなのだけれど、見慣れると少し照れているのが分かる。
「起こしてしまったか、ナタリア」
「いいえ……。おはようございます……イグナート様」
素早く私の傍までやってきて、額や頬にキスをする。「今日も私の妻が可愛い」と、いつも通りの夫にようやく違和感を覚えた。走馬灯にしては現実味があるし、頬に触れる手の温もりも本物だ。
夢じゃない? 走馬灯でもないとしたら?
「今日は珍しく名前で呼んでくれたね。それも新鮮ですごくいいな。いや旦那様というのも、私の妻感が感じられるので捨てがたい……」
「だ、イグナート旦那様」
「全取り、そう来たか。さすが私の妻は聡明で賢くて、惚れ直したよ」
朝から溺愛コースなので、頭の上にハテナが浮かび上がる。やっぱり夢じゃない。じゃあ、さっきの事故死は悪夢だった?
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