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それからの私は浮かれまくりながらも高校生活の準備を少しずつ進め、遂にやってきた優悟先生の家の前。
五階建てマンションでエントランス完備。
ドアはオートロックで常に施錠されていて、住人がマンションに入るときは、専用の鍵や暗証番号を使って開錠。
私が今日行くことは、お母さんが事前に連絡をして伝えているけど、残念なことに優悟先生は、教師の仕事で学校に行かなければいけない用事があるらしく、帰ってくるのは夕方になるそうだ。
必要な物は、大きなキャリーバッグひとつで収まったから引越し業者には頼んでいない。
つまり、問題なのは優悟先生がいないことだけ。
夕方までの辛抱だと言い聞かせ、お母さんから受け取っていた鍵で早速家へと入る。
扉を開けて、通路の左側に見える二部屋。
手前が優悟先生の部屋で、奥が私の部屋だってお母さんが言ってたから、私は高校生活の間お世話になる自室へと最初に向かう。
「独り暮らしなのに、二部屋とリビングの広さって何でだろう。まさか、元々恋人と一緒に住むつもりだったとか!」
考えれば考えるほど深みにハマっていくが、今この部屋が使われてないということは、少なくても今、恋人はいない。
もしくは、いたとしても同棲するような関係までにはなっていないはず。
そんな人がいたら私を住まわせるなんてしないはずだから。
へこんだ気持ちを自力で持ち直し、先ずは持ってきたキャリーバッグを部屋の壁側に置く。
空きの部屋があるってお母さんから聞いてたけど、何もない部屋にベッドだけが置かれているのは何故なのか。
使っていいって許可はもらってるけど、ベッドだけというのが引っかかる。
「もしかして、引っ越し途中で恋人から別れを切り出されてベッドだけが!」
「想像力豊かだな」
背後から突然聞こえた声に悲鳴のような声が漏れるが、聞き覚えのある懐かしい声。
私がまだ十歳の小学五年生で、優悟先生が十八歳だった頃、よく一緒に遊んだり宿題を見てもらったりしていた。
それが今では私も十六歳で優悟先生は二十三歳。
心臓が高鳴るのを感じながらゆっくり振り返れば、五年ぶりに会う優悟先生がそこにはいた。
全然変わらない優しい表情。
今ならわかる。
五年間全く会うことがなくなってしまった理由が。
優悟先生は、教師になるためにずっと努力していたんだ。
きっと、最後に遊んでくれたあの頃にはすでに。
「五年ぶりだな。こうしてみると柚子は……」
先の言葉に鼓動が跳ねる。
民法改正で、成人年齢が十八歳に引き下げられたと同時に、婚姻できる年齢が男女ともに十八歳以上にはなったけど、改正前なら十六歳は婚姻可能な年齢。
つまり、この五年で大人になったということ。
もしかしたらプロポーズされたりするかもしれない。
今は法が改正されて十八歳じゃないと駄目なのに、なんて頭の中を桜色で一杯にしていた私の耳に聞こえたのは「昔と全く変わらねーな」と言ってケラケラ笑う声。
怒りの「は?」を口にしてジト目で睨むと、手で頭をポンポンとされ「昼飯食べるぞ」とリビングへ行ってしまう。
昔と変わらないのは優悟先生も同じ。
ひとつ変わったところがあるとすれば、昔より優しい口調ではないということくらい。
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