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「お前な、いきなり出ていったら心配するだろうが」
「放っておいてよ! それより優悟先生、まだ仕事あるでしょ。家に帰ってきていいわけ」
「よくねーよ。直ぐ学校に戻るが、伝えとかないといけねーことがあったからな」
言われる言葉なんてわかってる。
自分が悪いことは理解してるけど聞きたくなくて耳を塞げば、先生の手が私の両手を耳から退けた。
「明日から柚子は、放課後生徒指導室で俺と居残りだ」
「え?」
考えもしなかった言葉に驚いていると、優悟先生はケラケラ笑う。
そんなに私は面白い顔をしてただろうかとジト目で睨むと、ここに来たあの日みたいに、頭をポンポンと撫でられた。
さっきは見れなかった優悟先生の顔を見ようと視線を上げると、優しげな笑みを浮かべる姿が瞳に映る。
それだけで先程までの不安は消えていく。
「やべ、このあと会議だ! 今日は遅くなるから柚子は早く寝ろよ」
そう言い残して家を飛び出していく優悟先生がなんだが可笑しくて、一人になった部屋に笑い声が響く。
私の行動は、優悟先生に迷惑をかけただけだと思っていたのに、何故か明日から約束が出来てしまった。
放課後生徒指導室で優悟先生と居残りって、つまり私とまた学校で一緒にいてくれるってことだよね。
それも、明日から期限がわからない日まで。
キスまでしたのに生徒指導室って、期待してもいいのかな。
直ぐに縮まらない距離も、優悟先生がくれた一緒の時間で少しずつ縮めていきたい。
今は生徒で教師、姪と叔父さんの関係だとしても、十八歳になれば結婚も出来る大人。
焦る気持ちがいつの間にかなくなっていて、今は明日の約束が楽しみで心が踊る。
約束の場所は生徒指導室。
先生なんだから、私を指導して導いてもらわなくては。
翌日の放課後、生徒指導室。
健全な指導と雑談が交わされる。
もう焦ったりはしないけど、ここまで健全だと折角キスした事がなかったことになりそうで、椅子に座る先生の背後からそっと抱きしめて囁く。
「優悟お兄ちゃんが先生になったように、私も学生から大人になるんだからね」
恐る恐るこちらを振り返る優悟先生が面白くて、ニヤリと笑みを浮かべる。
その頬は仄かに色づいているように見えて、私に期待をもたせるんだから、指導が必要なのは優悟先生の方じゃないかな。
「大人になっても、俺の中で柚子は姪で叔母さんの娘だ」
「それは困るから、猛アピールしないとね」
揶揄うように言えば「お前にはまだ指導が必要だな」なんて呆れながら言われたが、口元は弧を描いていて嫌そうには見えない。
優悟先生がそんなだから私が期待しちゃうことをわかっているんだろうか。
普通の青春とは違うけど、期限付きで落とすのも悪くはない。
この三年で、どうやって意識させようかと悪巧みをしていると「ほーら、まだ指導中だぞ」と椅子に座るように促され仕方なく座る。
手を伸ばしても目の前の優悟先生には届かなくて、今の私と先生との距離がまさにこんな感じなんだろうなと思った。
「よし、今日はこれでお終いだ」
「えー、優悟先生成分が足りなーい」
届かないことを知っていながら、両手を前に伸ばし足りないアピールをしていれば「今日は早く帰るから、な?」なんて言われてしまえば引くしかない。
約束の場所は生徒指導室。
先生の健全な指導と、生徒の少し不健全な考えが交わる空間。
青春の一ページはすでに始まっている。
《完》
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