『クリームソーダ』

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『クリームソーダ』

 薄くなったクリームソーダは、すっかり炭酸が抜けていて、それでも甘ったるかった。  机に置かれたスマホは、無言のまま、目も合わせようとしない。今日何度目かのため息も、今や癖になりつつあった。  ふと顔を上げると、ガラスの向こうでは一人の女性が立っている。落ち着きがなく、少しでも風が吹くたびに前髪を直している姿は、何故だか懐かしく思えた。  スマホの振動がして、飛びつくように画面を見るが、そこには母の名前と共に帰宅時間を尋ねる文が表示されている。文末につけられた笑顔の絵文字が、今の私を見ているようで苛立ちを募らせた。 “夜には帰るよ” 本当は帰してほしくないけど、と心の中で一文を添えてメッセージを送る。すぐに既読の表示と、親指を立てたキャラクターのスタンプが送られてくる。彼からの連絡は、まだ来ない。  視界の端で影が蠢いた。顔を上げれば、先程の女性の横には男が立っている。男は無遠慮に女性の髪を撫でたが、女性は嬉しそうに顔を綻ばせた。私のスマホは、また長い沈黙を決めたようだ。  いつからこうなってしまったのか、思い返しても記憶の輪郭は滲んでいる。  私の気持ちも、このクリームソーダの炭酸みたいに抜けてしまえばいいのに。また一口ストローから吸ったそれは、それでもやっぱり甘ったるかった。
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