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初めての「愛してる」
「家を借りたいのですが。家賃ってなんですか?」
「お金がないならお帰りを」
「お金なら」
「こんな古い金なんて使えないし、足りないよ」
拾い集めたのは硬貨。
なのに、どこもかしこも電子決済。
人間界は、何をするにもお金が必要。
「このお魚ください」
昔ながらの魚屋を見つけ、持ってる全てのお金を見せた。
「五千円ですよ。ん? 金がないのかい。美人だから今日だけは、あげるけど、働きな。求人情報誌もあげるから」
最初は海女になろうとした。後継者不足で、経験不問。
「海女は、単独行動禁止だよ!!」
けど飲んだ足化薬は、水中だと、ひれに戻るタイプ。
人前には出られない。
次は、水から離れた派遣のシステムエンジニアを選んだ。
「ブラックでみんなすぐ辞めちゃうからさ」
面接で落とされるかと思ったら、いけた。
「寿司屋に行くか?」
社長は食べたいだけ、お刺身を食べさせてくれた。
なんていい人。
「社長の資産は兆あるのよ。兆!」
同じ日に面接した女性が言ってただけある。
ところが翌日。
「不倫なんて最低」
新人研修で取り囲まれる。
「不倫?」
「社長は奥様がいるのよ?」
「知らなかった」
「嘘つかないで。知らないわけないでしょ。有名人なんだから」
「有名人なの?」
「はあ? あんた顔だけね。頭がおかしいわ」
「タワマンをあげよう。仕事はやめなさい」
社長は、ベイエリアのタワマンをくれた。
徒歩圏内に海。気に入って、即サイン。
「仕事を何もしないまま辞めるのは、残念です」
「愛人になるんだ。働かなくていいんだよ?」
「でも、社長は有名人なんでしょう?」
「あ。君。脅すタイプ? このタワマンが口止め料でいいよね?」
よくわからないまま、社長は去った。
お刺身を食べただけで、住処まで手に入るとは!
人間はなんて優しい!
食事は海でできるし、住処もある。
もう安泰だと思ったら、管理費を請求された。
結局また働く。今度はカフェ店員。
「ラージ・バニラクリームフラッペ・エキストラミルク・エクストラホイップ・ウイズキャラメルソース・リトルアイスで」
「すいません。わかりません」
「いいのよ。最初はわからないのが当たり前。すぐ慣れるから」
無知な私なのに、先輩は親切に教えてくださる。
人間の優しさが染みる。
「仕事は何時まで?」
「十時までですけど?」
お客様に尋ねられた。
そして十時、お客様は従業員通用口に現れた。
「暗いから送ってあげる」
「近いですから結構です」
「どこ?」
「あそこです」
私はタワマンを指さした。
「君。あんな凄いとこ住んでるの!?」
「はい」
「俺はプリンス。珍しい名前だろ?」
「そうなの?」
「実は俺には前世の記憶がある」
「前世?」
「君とは赤い糸でつながってる気がする」
「まぁ」
「信じてないなぁ? ハハハ」
それから、プリンスは必ず十時に従業員通用口に現れる。
毎回、一輪の花を手にして。
枯れ落ちる姿も含めて、花が好きになる。
私は老化しないから、よけい。
土砂降りの日もプリンスは、従業員通用口にいた。
「わ。プリンス。びしょびしょ!」
「風邪ひきそう。風呂を貸してくれない?」
「いいけど……」
鱗が落ちないか浴室を確認した。
「あったかいコーヒーも飲みたいな」
「任せて。先輩に習って、コーヒーだけは得意だから」
その日からプリンスは、十時に従業員通用口で待ち、タワマンでコーヒーを飲んでから帰るようになった。
うんちく語りが好きで、コーヒーにアドバイスもしてくれる。
私も自主トレができて助かる。
職場も私生活も楽しくて、順風満帆だった。
「しまった。終電がない。泊まっていい?」
「いいけど」
そして、プリンスはタワマンに住みついた。
「管理費も、生活費も俺が出す。愛してる。一緒に暮らして欲しい」
「はい」
すでに、ほとんどいる。管理費を出してくれるのはありがたい。
それにプリンスがいると、部屋に物が増えて明るくなる。
なにより。九百五十年生きて、やっと「愛してる」と言われた!
凄く嬉しい! 私もついに幸せを掴んだのだから───
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