第一章 アトリエ

1/29
前へ
/146ページ
次へ

第一章 アトリエ

土曜日の夕方、絵画教室の最後の生徒達が引き上げて行った。 「中川君、天崎さん、お疲れ様。どう、少しは慣れてきたかな」  二人に冷たいお茶を淹れ、自身も一息つく。  教室を手伝ってくれているアルバイトの二人は、数年前までこの教室に通っていた生徒だった。 「皆さんの絵を見ながら勉強できて一石二鳥です」  天崎はデザイン事務所に勤務しながら、イラストレーターとして独立するために勉強中だ。 「僕はまだ、ちょっと……。すみません」  中川は美大時代の友人達とアトリエを開講する予定だが、コミュニケーションに課題がある。 「色んな年代の人達と話をするのは勉強になるけど、やっぱり緊張します」 「俺もそんなに人付き合いが良い方じゃないから分かるよ。でも、段々と慣れていくもんさ」 「だと良いですけど」 「大丈夫だよ。相手は敵じゃないんだから、笑っていれば何とかなる!」  中川より少し年上の天崎が笑顔を見せた。 「天崎さんって、サバゲーが趣味でしたよね……」  天崎が苦笑いした。 「——じゃあ、掃除と画材道具のチェックをして終わらせよう。あ、そうだ。二人共、良かったら帰りに柚子を持って行ってくれ。生徒さん達にも配ったんだけど、まだ沢山あるから」 「柚子ですか? 嬉しいです!」 「もしかして、庭の黄色い実ですか?」  二人は庭の柚子の木を見た。 「そう、無農薬だから皮ごと使える。柚子酒を作ったことがある生徒さんがいて、今度レクチャーしてもらおうかなって思ってるんだ」 「良いですね! 僕も作りたいです。梅酒は作ったことがあるんですけど」  中川が珍しく高揚して言った。 「そうだな、打診してみよう」  二人が手分けして掃除を始めたのを見て、自分は在庫の数をチェックして回った。 「おっと」
/146ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加