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ギルドには、まだほとんどなにもない。いや、おじいちゃんは生前、物置に使っていたみたいでなにもないわけじゃなくて、ゴミとか使い道がわからない物はあちこちにまとめて置いてあるけど、たぶんギルドに必要なんじゃないかな、と思える物はなにもない。
ギルドを始めるには、その前にこの物置と化した建物を掃除するところから始めないといけない。それにギルドに必要なものがなにかもわからないし……。
まずはなにをしなきゃいけないか、頭の中で組み立てよう。片付け、掃除、整理整頓……はぁ、こんな大量の荷物、どこへ持っていけばいいんだよ。
それから、とにかく人を集めなきゃいけない。ギルド員を集めないと。いや、そもそもこのゴミの数、私とチハヤの二人じゃ片付けるだけでも大変だ。片付けのためにも人が必要で。
あとは依頼? ギルドってギルド員にも報酬を払わないといけないんだよね? 依頼もないのに? ギルド員雇って報酬はどうすんだ、と。
それで一カ月後にはサポート料の1万リディアが……。
あっ、ダメだ。これは考えすぎちゃダメな奴だ! 頭が痛くなってしまう。
そうだ。いい面を考えよう。ギルドを建てたときにあったんだろう備え付けの備え付けのカウンターテーブルと酒場とかにある丸テーブル、そして何脚かのイスは使える。そして、大事なことだが最低限必要なトイレはある。
チッ。出そうになった舌打ちを引っ込めた。とりあえず、気分を変えるためにトイレにでも行くか。
「……こんな感じ、かな?」
私はトイレにあるほこりまみれの鏡の真ん中を雑巾で拭くと、鏡を見ながら左側の髪の毛にチハヤにもらったクローバーとかいう髪留めをつけた。ふぅん。なかなか似合うんじゃない?
鏡にはにやにやしている自分がいる。
「いや待って、浮かれちゃダメ。サラ。相手は悪魔なんだよ」
でも、初めての贈り物。今まで男の人からなにかをもらったことはなかった。じゃがいもやらパンやらをもらったことはあるけど、あれは贈り物じゃない。お裾分けだ。純粋に、なにかをプレゼントされたのは、チハヤが初めてだった。
そう。そういうこと。つまり、私はチハヤからもらったことで心が浮かれているんじゃない。初めて異性から贈り物をもらったことで、ちょっと心が弾んでいるだけだ。
「……でも、チハヤのことだから、なにか魔法がかかっているのかも?」
「幸運のクローバー」とか言ってたしな。幸運、か。
盛大なため息が私の口から漏れた。運なんぞに頼らなきゃいけないなんて、どんな仕事だ?
「よし! 笑顔、笑顔!」
先のことを思ってどうにも下がりっぱなしの口角を人差し指で無理やり上げると、私はその表情を維持したままギルドの外へと出ていった。
「いってらっしゃいませ」
まだ紅茶を飲んでいたチハヤの地獄に突き落とすような声が背中に刺さる。マジでなにもしないつもりか、こいつは! こっちは頭が回らないくらいだってのに、のんきに紅茶なんて飲みやがって!!
「私はここでサラ様の奮闘を見守っていますので」
あーそうですか。そうですか。わかったよ、もう。
外は毎度のごとくお日様がまぶしく光っている。やることもサイアクだけど、環境もサイアクだ。これからこの暑さの中をあっちこっち説得して回らなきゃいけないってのか。
「……さて、どうするか」
う~ん、なんだかんだ言ってもさ、ギルドって結局モンスター退治が仕事なんでしょ? だったら。
頭に浮かんだベテラン世代、つまりは顔にしわしわの寄ったおじいちゃんおばあちゃんたちの顔を思い浮かべる。無理だ。かわいそうすぎる。
ならばやはり働き盛りの世代だ。一番に浮かんだのは美容室を営むエルサさんと、そして酒場を営むクリスさん。二人とも性格は違うけど、村でも割と私と年の近いお姉さんとしてよく話す間柄。ここは──。
そうだなクリスさんにお願いしてみよう。クリスさんってなんか強そうだし。エルサさんは、なんか、にこにこしながら血を吹き出してやられそうな気がする。
そして、ふふ。クリスさんの酒場はなんとギルドの隣にあるんだなぁ、これが。涼みも兼ねておじゃましま~す!
「おじゃまします!」
カランコロンと扉の上に取り付けられたベルの音が鳴った。
「……なんだ?」
店の真ん中で長い金色の髪が波打ち、翡翠を連想させる緑色の瞳がこちらを見た。振り返ったのは、酒場の店主クリスさんだ。
「サラじゃないか!? どうした、こんな時間に?」
クリスさんはブラシの柄にあごを乗せると髪をかき上げた。……キマッてる。クリスさんにとっては自然な動きなんだろうけど、足も長くスタイルもいいから雑誌に描かれたモデルみたいだ。
「いえ、その~クリスさんに少し話がありまして」
「話? う~ん、気になるな。……よし、開店前だけどいいよ! でも、ちょっと待ってて。今、掃除だけ終わらせるから」
「ありがとうございます」
お礼を言うと、「適当にかけててくれ」と言われたので店の端っこ一番奥のイスに座る。なんとはなしに見回すと、キッチンにもバーカウンターにもテーブルの周りにも酒樽にビンにとお酒だらけだった。……いや、当たり前か。
クリスさんの酒場は、村に一つしかない酒場だ。というよりもたいていのお店は村に一軒しかない。エルサさんの美容室もそうであるように。そして、店主と言いつつ働いているのも基本的にはクリスさんだけだ。
アビシニア諸島にある小さな小さな村──アビシニア村は、みんなで自給自足している村だ。日中は村のみんなのためにいろんな仕事をしている人たちが、夜には酒場のお客さんになってクリスさんのお店を支えている。クリスさんもまた、いろんなお店で物を買い、みんなを支えている。
一人がみんなのために一つの仕事をしているから、誰一人欠かすことはできない。私やおじいちゃんみたいなのがたまたま例外だっただけで。
だけど、その代わりみんな忙しい。エルサさんはみんなの髪を切らなきゃいけないし、クリスさんも毎晩お店を開けている。掃除からお酒の調達、お酒と料理の提供などなど雑務も含めてあらゆることをしなければいけない。
ギルドに入る暇なんて、やっぱりないんじゃないだろうか。
床のブラッシングを終えると、クリスさんはブラシをそのまま壁に立てかけて、エプロンを脱ぎながらこちらへやってきた。うわ~揺れてる揺れてる、私にはない豊満な胸が。
勢いよくイスを引くと、クリスさんは足を組んで座り頬杖をついた。
「お待たせ。で、なんだ? 話ってのは」
ニッて感じの笑顔が、大人な女って感じでカッコよい。
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