不倫されました

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不倫されました

あの男は一体、何を考えている。 その答えを確かめに、ただのお飾りと成り果てた伯爵家の書斎の扉を潜る。するとその先には驚くべき人物がいたのだ。 銀髪に赤紫の瞳の夫、ディック・アゲート。そしてディックが愛おしそうに腰を抱き寄せる女を見て固まった。 赤い髪にオレンジのツリ目美人。美人とは聞こえがいいが、今この場でひとの夫とあからさまに親密そうな様子を見せている以上は最悪だ。 さらに最悪を重ねるのが……。 「ジェシカ」 ディックが都合のいい時だけ呼ぶ、私の名。 「貴様とは今日この時を以て離縁する」 「……は?」 何を言っているのだ、この男は。 「そしてぼくはこのミケーラと再婚する……!」 そう言うとディックは傍らのミケーラをうっとりとして見つめる。そう……夫の不倫相手とは、例のパワハラ女……ミケーラ・ガーネットだったのだ。 つまり私が残業させられている間、この女は小言を言いたいだけ言ってひとの夫と邸で親密度を育てていたわけだ。 ひとの……気も知らずに……! 「えぇ、ディック。そしてガーネット公爵家の婿養子となって、公爵を継ぐのです」 「もちろんだ、ミケーラ!あぁ、ぼくが公爵だなんて、夢みたいだ……!」 思えばミケーラはガーネット公爵家唯一の直系の娘である。ミケーラは将来婿を取って婿に公爵家を継がせる必要があるのだ。 かつてはヨルリン・セレナイト大公閣下……陛下の年の離れた王弟殿下と婚約していたのに、突如破談となったのは有名な話である。その理由ははっきり世に出なかったものだから、当時さまざまな憶測を呼んだのよね。 だが王弟殿下が公爵を継ぐならともかく、何故伯爵でしかないディックが公爵を継ぐのだ?伯爵家の仕事すらできないと言うのに、この男は公爵と言う爵位が手に入ればそれでいいのか?そんな公爵の爵位もミケーラとの婚姻も、国王陛下が認めるとは思えない。たとえ公爵家の力を使ったって、仕事を何もやらない名ばかりのものが公爵になれば、国が回らなくなるからだ。 前世でたとえれば……大臣に任命されたものが官僚がいなくては何もできない、答弁すらできない、ただ椅子に座っているだけの税金泥棒……と言ったところか。まぁ前世日本は民主主義、こちらは絶対王政で貴族制度がある時点でだいぶ違うので、今述べたのは単なる例である。 「ぼくはミケーラと結婚し公爵となる。もう離縁したお前とは既に他人だ!とっととこの邸から出ていくがいい!」 ディックが大声で叫べば、ミケーラがにんまりと笑む。最近の流行りって、ヒロイン枠が残念お花畑で、悪役令嬢にありがちな公爵令嬢が実はまともで真なるヒロイン……と言うのではなかったかしら。それに比べればヒロイン枠は今のところ分からないものの、ミケーラは救いようのないパワハラ不倫女である。 あ……そうだ。悪役令嬢とは違うわね。だって真のヒロインになれる悪役令嬢は不倫もパワハラもしないわよね……?この女は全くの別枠の公爵令嬢。だってヒロイン枠もいないんだもの。 しかし……出ていけか。呆然としながら私室に急ぐ。 「奥さま、せめてお着替えを」 「わたくしたちはいつでも奥さまの味方ですから」 そう言うとメイドたちがてきぱきと服を着せてくれ、仕事用の鞄を持たせてくれる。それから最低限の日用品の入ったキャリーバッグも……これを見越して用意してくれたのね。邸で呑気に不倫に傾倒していたディックとは大違い。仕事のできるメイドたちで本当によかった。 「ありがとう、あなたたちがそう言ってくれるだけで充分よ」 高望みはできない。無理な頼みもできない。彼女たちの雇用を守るためにも、馭者からの秘密裏の馬車の出立も断り、私は伯爵家を出た。 「……実家や伯父さまの元に行くのが無難かしら」 さすがに休日は……城だもの、最低限の官吏は土日出勤もしているだろうがごく少数だ。職場の宿直室に泊まるわけにはいかないわよね。寮はすぐには空かないだろうし。 私はこの王国の伯爵夫人であり城の文官である。この王国では男性だけではなく女性もこうして職にありつける。 しかし重要なのはそこではない。この公爵令嬢がとんでもないパワハラ女だと言う点と、その上私の夫を不倫の末略奪したと言う事実である。 これは復讐だと言われたのだが意味がわからない。どうやらそれが正規ルートのようだけど……!?公爵家を継げると言ううまい話にころっとついていった元夫も許せない! 「せっかくなら……あの不倫ヤロウどもに復讐してやりたいわ」 できるだけ、あの2人が逆らえないような身分の人物で、誰か協力者が欲しいわね。その候補を思い浮かべて、頷く。 「そうだわ……彼よ……!」 そう言う人物ならひとりいたじゃないか。 そして……。 「復讐のためにはまず……再婚してやるわ!」 ひとまずやることが決まったわけである。
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