異世界でも社畜

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異世界でも社畜

――――本日も残業である。 異世界転生とは言えど大人が働かねばならないのは同じだ。男女共に前世で言う国家公務員のような存在の城の官吏になれる時代。絶対王政や身分制度の関係上完全なる男女平等とはいかないが、女性への門戸も開かれつつある世の中だ。しかし、異世界への夢と希望など容易く踏み荒らされるかのような理不尽なパワハラにさらされるのも同じである。 「ちょっと、アゲート伯爵夫人。お茶はまだなの?ちんたら仕事してないでなくなる前にいれなさいよ!私を誰だと思ってるの!?たかだか伯爵夫人が!あぁ、違った。生まれはどこぞの馬の骨の子爵家でしたっけ?あっはっはっ」 職場のお局でありガーネット公爵令嬢のミケーラはその権力をたてに女王さま状態だ。 このエーデルシュタイン王国の国家元首はリクハルド殿下。ミケーラではないのだ。だのに何故公爵令嬢のくせにこんなにもパワハラ体質を暴走させるのか。 さらにはこの女、私の実家のアイオライト子爵家をどこぞの馬の骨とか。貴族の系譜すら頭に入れていないのだろうか……? それに私は職場で仕事しに来ているだけだが?ミケーラへのお茶出しは業務じゃない!何で仕事もしないで威張っているだけのミケーラのお茶を入れないといけないのよ! 今日も今日とてしがない伯爵夫人の私、ジェシカ・アゲートはミケーラのよく分からない要求や小言に付き合わされ、精神をすり減らしていた。 貴族夫人ですもの。別に働かなかったとしても貴族夫人としてやっていけるだけの税金は伯爵家に入る。領地の運営や商売を頑張れば儲かる。 けど商売をやろうとも夫のディック・アゲート伯爵は許可を出すこともない。 この城でのお仕事だって、女は家庭に入るべきとの古い価値観で辞めさせようとした。けれど伯父のお陰で続けられている。 夫の古い価値観の元同じ屋敷にいるのは息が詰まる。ストレスばかりたまるのに、職場でもミケーラのパワハラが酷すぎる。けれど私はたかだか伯爵夫人。それほど気も強くないから、いざパワハラ体質のミケーラを前にするとなかなか反撃できない。それに私が防波堤になることで、私よりも身分の低い家の出身者や平民の官吏たちへの当て付けは減るから。 「せめて……美味しいものでも」 帰りに城の前で開かれる屋台市のおでんを食べ、城の馬車で屋敷に帰邸する。伯爵家では馬車を出してもらえないから。 城の馬車の都合がつかない時は王都の乗り合い馬車になるけどね。 さらにこの時間に帰ったとしても、ご飯など用意されていない。夫曰く、女は家庭に入るべきなのに仕事に出ている私が悪いらしい。料理を作るのは料理長で、戸締まりをするのは使用人たち。ディックは何もしていないと言うのに、私に小言ばかりを言う。 伯爵家の仕事だって、私に仕事に出ずに邸の中で従事しろと言ってくる。 私が城の仕事に出るのを嫌がるのに伯爵家の仕事をやれとは何なのよ。 ディックは伯爵として威張っているだけだから、伯爵家の仕事をこなしているのは領地在住のディックの大叔父である。 「全部あなたの仕事じゃない」 もう仕事にも伯爵家にも疲れてしまった。けれど城勤めを辞めてしまったら、私はこのご治世にそぐわない男尊女卑思想を押し付けられるだけ。そのくせ伯爵家の仕事を押し付けられるだけだ。 当然のことのように別々の夫婦の部屋。私は重たい身体を引きずりながら部屋に着くと、まるで眠るようにベッドに沈みこむ。 「あしたは……きゅうじつ……」 やっと休める……。せめて休日くらいはディックに面倒なことを押し付けられないといいのだけど。 だが私の細やかな願いは簡単には打ち砕かれたのである。 「あの……奥さま、起きてくださいませ」 メイドが呼ぶ。 「……ん……なぁに……?」 メイドはわざわざ疲れはてた私を無理矢理起こしたりなどしない。彼女たちからは城での官吏の仕事をカッコいい、女性として憧れると言ってもらえるから。いつの間にか着替えさせられているのも、夜私が帰邸したのを見越してわざわざ起きてやってくれたのだろう。 ディックが反対する城勤めから帰った私を出迎えると、ディックに怒られてしまうから。 私が城勤めをすることに反対しないようにディックに要求した伯父には逆らえないから、私にあたるのだ。 「旦那さまが……奥さまを呼ぶようにと」 こんな休日に何なのよ。しかしメイドが悪いわけではない。彼女たちは彼女たち、私をできるだけ寝かせておこうとしてくれるのだから。 「分かったわ……着替えの準備を……」 「それが……すぐに来いと」 「着替えるのも、ダメなの?」 せめて朝の準備くらいするでしょう?こんな仮面夫婦状態である。とてもじゃないが寝起きの姿を見せ合う関係ではない。むしろ……見せたくもないのだが。 「それと……お客さまもお見えらしく……」 「……客?」 ならなおさら朝の準備が必要なのではないだろうか。それに客と言う表現ならば伯爵家の人間でもないはずだ。 けれどさすがにこれではとメイドたちが軽く髪を梳かしてくれて、カーディガンを羽織らせてくれる。 「客って誰か分かる?」 「女性の方です。とても高貴そうな……」 メイドがおどおどしながら告げる。 「でも何だか……」 「こら、ダメよ」 「奥さまを悲しませたら……っ」 メイドたちがその先は聞かないようにとぼかしてくる。 「構わないわ。何も知らされない方が悲しいもの」 「……」 そう答えれば、この場で一番年長のメイドが腹を括るように深呼吸する。 「奥さま。その方は奥さまがお仕事の間、何度かこの邸を訪れております。旦那さまは邸のものたちに箝口令を敷きました。けれど女目線で言えば……とても親密そうであると言えましょう」 その言葉の裏返しが分からない私ではない。 嫌な予感がした。今まで隠していたと言うのに、突然その女がいる場に私を呼ぶなどと。 毎日私が仕事詰めの間、夫は……あの男は……一体何をしていたのだろうか。
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