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結婚して3年が経った。 弥彦さんは仕事のストレスからか、家に帰って少しでも気にくわないことがあると、しつこく文句を言い続ける。暴力を振るわれたり、怒鳴りつけられるわけではないが、細かな家事の不手際を見つけては私を叱責するようになった。 「なんでこんなに味噌汁がぬるい?適温ってあるよね」 「お味噌は沸騰させると味が落ちるから……」 「それって、いいわけ?誰も沸騰させるくらいグツグツ煮ろって言ってないよね?」 「そうね、ごめんなさい。今度から気を付けるわ」 「君はいつもそうだよね、今度から気を付けるって言ってその場を収めようとする。でも、同じことを繰り返す達人だよね。こっちに来て」 私は弥彦さんにキッチンへ連れて行かれた。 「ほらね、シンクに水滴が残ってるよね。ちゃんと最後は拭き上げなくちゃいけないよ。水垢って溜まると汚いからね」 私は目を伏せ、肩をすぼめた。全身に冷たい波が押し寄せ、身体が震える。その隣で下ろした腕は、いつの間にか拳を固く握りしめ、手のひらに爪が食い込んでいた。 私は布巾で水滴を拭きながら弥彦さんとの関係について考えていた。結婚してから、彼の几帳面さと完璧主義は次第に私を苦しめていった。私にも、彼と同じレベルの完璧さを求めるのは酷なことだと思った。 『うちは共働き家庭だから家事は分担するよ』 結婚当初、弥彦さんはそう言ってくれた。あの時の優しかった夫は何処へ行ってしまったのか。一流企業に勤めていて、顔もスタイルも良い。高学歴だしスポーツもできる。こんなにハイスペックな人が自分の夫になってくれることが、嬉しかったし自慢だった。 けれどその夫は、いつからか私を強く縛り付ける存在になってしまった。 弥彦さんは仕事では頼りにされる人だったが、家の中ではまるで君主のように振る舞う。一見完璧な彼も、結婚してから徐々に真の姿を見せ始めた。 弥彦さんは途中からお互いの収入の差を持ち出し、稼ぎが少ない方が家事をするのは当たり前だと言い出した。それから、家事は私の担当になった。けれどお互いの財布は別で、食費も毎月同じ額だけ私も払っていた。 「弥彦さんは収入が多いから、私に合わせていると月末はカレーのお肉が竹輪になるわよ」 冗談半分にそう言ったこともあったが、彼には通じなかった。 「月末は、外で食べてくるようにするから気にしなくていいよ」 個人で外食をするときは、自分の財布から出すルールだ。そうなれば家計に影響しないため、何も気にする必要がないと思っているのだ。 「私の給料で、生活費の半分を家に入れるのは、本当に厳しいのよ」 思い切って直球で言ってみた。彼は33歳で営業部課長になり、収入も私の倍はもらっている。 「子供ができたら優香は働けなくなるだろう。それまでは生活費を半分ずつ出し合った方が良い」 その通りだろうから従うしかなかった。 付き合っていた頃、彼は誕生日プレゼントにブランド物のアクセサリーを贈ってくれたこともあったのに、今ではその優しさが影を潜めてしまった。 けれど、あの時はプレゼントと同じ金額のディナーを私が奢った。自分から進んで支払いをしたけれど、今考えてみるとおかしな話だった。お金のことでケチ臭い細かい女だとも思われたくない。それが理由で当時は彼に意見しなかった。 夫が釣った魚には餌をやらないタイプだったとは思ってなかった。 自分の中で抱える負の感情が膨らむ中で、彼の愛は今どこにあるのかわからなくなってきた。 私って弥彦さんを今でも愛しているのかしら…… その思いが胸に渦巻く中、私はふと未来を考えた。彼と本当に子供を作ることができるのか?その先にある未来が希望なのか、それとも暗闇なのか。私は胸の中にある正体不明な感情に苛立っていた。
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