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「俺は本当に情けないんだ。戦地でさんざん人を殺しておきながら、俺のいた隊で食糧が尽きたとき、俺は同僚と脱走したんだ。一緒にじゃない。別々に。脱走しようと誘われてのったが、その同僚の杉田の生死を分からず、俺だけ幸せになっていいのかと幸せを一歩ずつ進むごとに怖くなる。血まみれのこの手、杉田も他の同僚も見捨てた俺が、幸せになっていいのかと。いい訳がないのに今は幸せを感じてしまう。きっと子供ができても、生死の分からない杉田の顔や人を殺す感触が蘇ってこれからも苦しむ。そんな俺が本当に子供など授かっていいんだろうか?」
晶子さんは俺の話をうんうんと頷きながら聞いて、はっきりと言った。
「いいんです。神様が許さなくても私は許します。誠司さんは沢山人を殺したかも知れんけど、私の命を拾ってくれた。それで充分です。私も沢山の命を見捨てた。その後悔を子供に教えていきましょう。それでいいんです」
「……晶子さん」
言葉は続かなかった。
「それと杉田さんの生まれは日本ののどこですか? いつになるか分かりませんが二人で杉田さんの生まれ育った町に行きましょう。会えるかどうか分かりませんが、それを望みに生きていきませんか?」
「うん……うん……ありがとう……」
晶子さんの手を強く握ったその夜から三年流れて、俺は子宝に恵まれた。晶子さんと子供は一人だけにしようと話して、生まれた子供は男の子。明と名付けて、俺と晶子さんは戦争の悲惨さと後悔を何度となく話した。
俺が予想したように子供ができても後悔と手の感触は何度もよみがえりうなされて飛び起きることはなくならない。
晶子さんはその度に静かに寄り添ってくれる。一生、この悪夢から逃れることはないだろう。
この日本に戦争に参加して、それを後悔し、悪夢にうなされる人はどれほどいるのだろう?
我が子を抱く度に泣きたくなる人はどれほどいるのだろう。
時は急激に過ぎて日本はどんどん豊かになっていく。どれだけ人を殺したときが遠く離れようとも罪は、業は背中にぴったりとくっついている。後悔は、感触は、忘れてはいけない。
俺は老人となり明には子供ができて、人生の終わりも視野に入った頃、俺は日本が豊かになった証拠の一つ、テレビの番組でどうしようもなく気になるものがあった。
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