あのよ。

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あのよ。

 食糧も底をつき、俺のいる隊は飢えに苦しんでいた。食糧がなければ戦えないというのに上は撤退を決めない。ああ、俺らは捨てられたんだというのがよく分かった。日本を離れて遠くにいるために本土の状況はどうかは分からない。ただ、前線の俺らが何も食べず生水を飲んでは腹を下し、同僚の身体が痩せ細っていくのを見れば、多分俺らは負けるだろう。あとは敵に向かって玉砕するか飢え死にするかの二択だろう。  命令とはいえ、何人もの命を奪ってきた俺らに明るい未来など存在しない。してはいけないのだ。 「田村、起きてるか?」 「こんな空腹で寝られる訳がないだろう?」  住民全てが逃げ出した村の家屋。隣に寝ている杉田が声をかけてきた。 「俺らは死ぬんだろうな」 「何を今更。死ぬ以外の道なんか見えねぇだろ。散々殺してきて今更死ぬのが怖いのか?」 「ああ怖いよ。できるなら人殺しの人生なんか歩みたくなかった。平和に生きたかった。今更無理だが」 「そんなのみんな同じだ。殺さなきゃ殺されるって俺らは教わったんだ。相手の人生を考えもせずな」  俺らは死ぬべきだ。それでも足りないが死ぬ以外の罪の償い方は思いつかない。 「…………なぁ逃げないか?」 「はぁ?」  杉田の言葉につい声を荒げる。 「俺らにそんな資格などないだろ? 潔く死ぬべきだ」 「本当にそう思うのか? 俺らに人殺しをしろと言ったら偉い奴らはどうせ罪も償わず、のうのうと生きるんだろ? 俺らが死んでも俺ら以外に人を殺せって命じるんだぞ? そんな奴らのためになぜ俺らが死ななきゃならん?」 「知るか。殺さなきゃもう殺されている。平和に生きたいと願ったって偉い奴らは許してくれないんだ」 「じゃあ逃げたって同じだろ? どうせ死ぬなら足掻いてみないか? 俺も生き抜けるとは思っちゃいない。最期は人間らしく足掻いてみないか?」  暗闇の中、二人で横になったままで交わす会話。ここには二人しかいない。隊のほとんどは戦死している。残った兵士は餓死していくだろう。 「いつやる?」 「今夜だ」 「一緒にか?」 「別々に。追手を分散させるんだ」 「勝算は?」 「ない。死ぬかもしれんし生きるかも知れん。だが、俺らの行き先は地獄に決まっている。あの世でまた会おうや。約束な」 「勝手に約束するな。だが、いつかは地獄で再会できるだろう。行くか」  二人揃って闇の中、静かに家屋を出る。何も言わずに背中を合わせ、同時に逆方向に駆け出した。  脱走は死罪。分かっている。死ぬ選択しかないなら、一縷の望みに賭けてもいいだろう。  空に発砲音が響く。  杉田、生きろ。その願いを口にすることなく、日本より遠く離れた異国の森を俺は駆けた。
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