【第一話・忍ばせ恋慕、再戦】

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【第一話・忍ばせ恋慕、再戦】

二学年、一学期最後の日。 本を返しに、図書室を訪れて居た私に、彼が声を掛けて来た。 ほんの些細な一言。 「また二学期に」 それは、いつも無愛想で不機嫌そうな彼からは想像出来ない、静かな笑みと、優しい声色だった。 驚き、そして、ざわめきが胸をくすぐった。 その、ちょっとしたくすぐりが波紋となって広がり、魂に眠っていた記憶を刺激してくれた。 ーーーー龍崎君は本当に、余計な事をしてくれたものだ。 ***** 忍者、それが私の前世の職業。 いわゆる落ちこぼれの使い捨て忍者で、仕えていた姫様の世話役兼、いざと言う時、身代わりとなるのが、私の役割だった。 姫様には私の他にもう一人、護衛に当たる忍者がいた。 私より3つ上の先輩忍者、私と違い優秀で、姫様の幼少時代からお側で仕えている人。 私はその人に惹かれた。 しかし任務で姫に仕えている身、現を抜かすなんて以ての外だった。 私の最後は、焼き落ちていく城の中だった。 強国に攻め込まれ、城を焼かれたが、姫様だけは無事、逃がす事が出来た。 私は姫様を逃した後、黒煙上る城に戻った。 姫様と私を逃がす為に囮となったあの人が残っていたからだ。 『なぜ戻った!姫様の側に居るのがお前の勤めだろ』 第一声に叱られた。 壁に凭れか掛かり、床には血溜まり。 この人はもう動けない。 城と共に落ちていくのだろう。 本人ももう覚悟している。 けれど、この人の瞳はいつもまっすぐで芯の通った力強さがある。 こんな状況でもそれは変わらない。 『・・・怒鳴ってごめん。おいで、咲名』 呼ばれたので近寄り膝を付いた。 静かに延ばされた腕に、引き寄せられ抱きすくめられる。 『生きて欲しかったよ、お前にも』 城の周囲は敵国の兵に覆われ、もう、逃げ道など何処にもない。 私は弱い忍者だ、この人ほどではないけど私もボロボロだ。 おそらく、私一人なら、まだこの城からの脱出ぐらいは可能だろう。 けれどすぐに敵国の捕虜となり、何をされるか分からない。 拷問されるか辱めを受けるか。 それは、この人も分かっている、だから私に「一人で逃げろ」なんて地獄行きな言葉、吐かないでくれる。 透夜さんは厳しい人だけど、本当に優しい人だ。 でも、この人を残し、私だけ逃げる選択など、端から用意されてないのだけれど。 『透夜さん、約束、守れなくて御免なさい。どうか、貴方と一緒に居させて下さい』 あぁ、私の髪を撫でてくれる手が今日も、温かくて心地が良い。 『・・・咲名、ようやく、言える』 いつも凛としていた声が小さく弱く、耳に届く。 聞き逃さない様に、その声を待つ。 『・・・好き、だった。妻に、迎えたかった』 なんて言葉、最後に残すんだろうと思う。 烏滸がましい願いだと知りつつ、私とて、貴方と添い遂げられたらと、何度思い描いた事だろうか。
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