美文字に生きる

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 ひと目見ただけで美しいと感嘆する文字がある。  書道の先生に書いてもらった手本は、いつ見ても美しい。こういう文字を美文字というのだろう。  彼は年金暮らししている。現役時代は事務職だったため、就職してすぐに大量の書類を処理することになった。当時は手書きが主流で、ゴム印を併用しながら、来る日も来る日も書き続けた。悪筆であることなど気にしている場合ではなかった。下手な字を書きながら稼いでいたようなものである。  二年前の二月から彼は書道を習っている。皇居の歌会始に応募するには毛筆で書いて提出しなければならないからである。 小学校と中学校での習字しか経験していない彼は、書道教室の体験レッスンを受けてみた。先生の書かれた「永」という一文字に彼は魅了された。すぐに入門し、月三回のレッスンを受けている。  少しは上達しただろうか。先生の手本を見たとおりに書けばいいのだが、これは眼が見えるおかげである。  彼は つぶやく  眼が見えるうちは 美文字に生きよう
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