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僕の名前は、笹紙つとむ。高校二年生だ。
人の多い土日の夕方に居酒屋でバイトするのは大変だけれど、みゆきちゃんがいるから頑張れる。クラスもおんなじ彼女とは最近、けっこういい感じなんだ。明るくて、優しいけれど、言いたいことははっきりと口にするところがいい。
今度、僕のサッカーの試合を見に来てくれるって約束だってしているんだ。
ふふふ。こうやって一緒に働いていると、うきうきする。まさに、青春って感じ。
彼女とシフトが被らないときは……。
笹紙つとむ(偽物)に任せておけばいい。
彼はとても聞き分けがいい。ありがたいことに、そこだけは僕に似ていない。頼めばなんだってしてくれるし、わがままもいわない。いつだって、主である僕の役に立つことを考えてくれている。
最高の商品だ。せっせと貯めたバイト代と、金持ちの親戚たちからもらったお年玉を使って、購入しただけの価値がある。
「おい、笹紙!」
「はい!!」
店長に名を呼ばれ、背筋を正す。
「ぼうっとするなよ。あのな、まぐろの刺身は来週まで出せないっていっただろ?」
「へ?」
「へ? じゃないだろ! 昨日、伝えたばかりだろ」
「あ、すみません!」
僕はぺこぺこと頭を下げて、しまった、と思った。
昨日は笹紙つとむ(偽物)に出勤をお願いしていたんだった。情報を共有してくれないと、困るんだって。どうして僕が怒られないといけないんだ。
面倒事を避けたくて、あいつを買ったってのに。
「なあ!」
家に帰るなり、僕は笹紙つとむ(偽物)に怒鳴りつける。
「おかえり。なにかあった?」
何の変哲もないただのダンボールの中から、自分とおんなじ声がする。
「バイト先でさ、新しく得た情報は、こちらに伝えてくれないと困るんだよ。あんたのせいで、僕、店長に怒られたんだけど!」
「ああ。ごめん、ごめん。そうだよね。これからは共有するよ」
彼はとくに怯む様子も見せずに、淡々と誤った。その軽い様子を見ると、なんだか苛立ちをぶつける気が失せてしまう。コピーだからか僕の扱いを心得ている。そんな気がして、ちょっぴり憎たらしい。
「まったく、頼むよ。……あれ? じゃあ、最初はどうしたんだ? なんにもわからない状態で働いていたのか?」
ふいに浮かんできた疑問を投げかける。
「うん。階段から落ちて頭を強く打って、記憶が飛んだことにした」
「はあああ?! そんなんで、みんなごまかされるか?」
「うん。心配してくれたよ。それで、一から教えてくれた。ほら! 僕って、覚えはいいでしょ? だから、そんなに迷惑はかけなかったよ」
覚えがいい、という一文に気分がよくなる。
そうだ、僕の頭は悪くない、と思う。
「まあ、そうだな」
ふふん、と得意げに僕は言った。
「だから、この先も心配しないでよ。あ、そうだ。この後、なにか依頼はある?」
「ない。もう、風呂入って寝るだけだし」
「じゃあ、このままこうやって、休んでいるよ」
「ああ。っていうかさ、あんた、ダンボールで体が休まるのかよ」
さっきまでの苛立ちをさりげなくぶつけるように、笑い交じりに揶揄ってみる。
「まあ、そういうものだからね、僕は。なに? ベッド、貸してくれるの?」
「やだね。こないだ、母さんが買ってくれたんだ。ふかふかの羽毛布団をね。うらやましいだろうけどベッドは僕の。あんたは箱で十分だろ、ニセモノなんだから」
僕はそう言って、お風呂へと向かう。
正直、入浴はめんどうくさいけど、さすがに任せることができない。いくら笹紙つとむ(偽物)がさっぱり綺麗になっても、本物の僕は汚れたまま。つまり、代わりにはならないから。
「君の頼れるコピーくん」はこんな風に、不便なこともある。
それでも、やっぱり便利なことの方が多いんだ。なにより、こき使える後輩ができたみたいで気分がいい。
「ん?」
お風呂から上がった僕は、パソコンのマウスの位置に違和感を覚えた。いつもと違う。毎日使っているからわかる。
まさか、笹紙つとむ(偽物)が使っていたのか? なんのために?
僕はブラウザを開き、履歴ボタンをクリックした。
ところが、そこには見慣れないURLは並んでいなかった。気のせいか? それとも、なにかを検索していて痕跡を消したか? あれこれと考えが過ったものの、まあいいかと思い直す。
仮に、なにか調べていたとしても、いいじゃないか。あ、もしかしたら、任せていた学校の宿題をするために、検索する必要があったのかもしれない。
きっと、そうだ。
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