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家をつがない
俺は恵まれた環境でのびのびと育った。
容姿端麗で成績優秀、生真面目で責任感の強い十も年上の兄がいたおかげだ。
長く続いた家業を持つ家の長としてはめずらしく、父は俺に自由をくれた。
――兄の目線で見れば、だけど。
有り体に言えば、長男が優秀すぎたから、次男の俺なぞにまったく期待していなかったのだ。
だがそのことについて一切の不満はなかった。
兄との仲は良かったし、好きだったし、なんなら尊敬の念さえ抱いていたからだ。
ところが兄は一子相伝の技を引き継いで、一年足らずで亡くなった。
呪詛されたか、悪霊に祟られたか、いずれにせよ普通の死に方ではなかった。
俺は当然、自分が兄の代わりにならなければと考えた。
――成り行きだから、しかたない。
父が絶望していたことに気づいていなかったせいだ。
「悠司、お前には無理だ。成れたとて、せいぜいニセモノ止まりだからな」
要するに、圧倒的に才能が足りない、との判断だ。
平安の昔から伝えられてきた家伝の「識神」も術具も、兄とともに失われていた。
紙や木、布などで作る式や呪符だけでは、魔に対抗することはできない。
「お前は私に似過ぎている。だからすぐに死んでしまうだろう」
たとえ兄であっても陰陽師を続けることができたかどうか。
「受け取れ。けっしてその身から離すなよ」
父が歯痛を堪えているような渋面で差し出したのは、目隠し鬼の呪符であった。
「いっそ視えない方が幸せ……そういうことですか」
返答はなく、父はふいとどこかへ行ってしまった。
超自然的能力者は一万人に一人ほどいるらしいが、霊障を避けられる者は少ない。
見えてしまう半端者より、まったく霊を感じない人の方がかえって害を受けないという。
――知らぬが仏、と言うからな。
俺は呪符を受け取ると、ひもを通して首から提げた。
とたんに周囲にいた霊たちの姿が掻き消え、気配すらも断たれた。
浄界に行けずさまよっていた兄の霊も、知覚から消えた。
俺の世界から永遠に去ったということだ。
思わず安堵の吐息がもれる。
俺は冷たい人間なのかもしれない。
だが兄にしてみれば、人ならぬ姿に堕ちたところを俺に見られていたくはなかっただろう。
関係を断つことが、優しかった兄へせめてもの恩返しだと思えた。
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