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ふつうではいられない
月日は流れ、3年が経った。
俺はすっかりふつうの大学生になっていた。
――霊が視えないって、幸せなことだったんだ。
以前は考えもしなかったが、身に余る力を持つということは一種の障がいかもしれなかった。
橘高美音という学生に会って、その考えはぐっと現実味を増した。
――視えているんじゃないか?
俺もかつてそうだったから、ひと目で分かった。
彼女は急に虫を払うような動作をしたり、聞こえない音に驚いたりしていた。
自分を抑えようとしているものの、反射的に動くのは視えているからに違いない。
印を結ばず呪を唱えず、護符さえ持たないのは、その知識がないからだろう。
たまに挙動不審で、周囲からちょっと浮いている残念な子、それが美音だった。
二年生になった初夏のこと、「男ができた」という噂を聞いた。
「オカ部の部長だってよ、美音の相手。有名人だな」
――信じられない。
オカルト研究部は、3年生のサカキが部長だ。スピリチュアル同好会やオカルト研究会から追い出されて、やむなくひとりで立ち上げた学校非公認のワンマン・サークルと聞いていた。
サカキという男は自らに貼られた「行動力のあるコミュ障」のレッテルをひけらかす、悪い意味での有名人だ。
「でも学部が違うし、学年違うから般教だって重ならないだろ」
「知らね。だけどよ、黒子だか痣だか、下着で隠れる部分の特徴を知ってんだと」
友人は、「エロいな」と、鼻の穴をふくらませた。
俺は余計なお世話と知りつつも、彼女のことを心配した。
春ごろから、おかしな挙動が目立ち始めていたからだ。
「いえ、あの、虫……あぶみたいのがいた……気がして」
ついに授業中に教本を振り回し、注意されるまでになった。
――視えたりしなければ、ふつうにかわいい女子なのに。
何が起きているのかと気になったものの、俺は目隠し鬼の呪符を外さなかった。
もし何か見えたとして、俺はどう行動するだろうかと考えたからだ。
ニセモノの陰陽道で彼女を助ける、つまり恩を売るようなまねをしかねない。
それは真に余計なおせっかいで、友人として踏み入ってはいけない領域だ。
――怪奇現象と縁を切ったのに、今さら戻れない。
正直なところ、俺は周囲の人々に変人あつかいされることを恐れていた。
だからこそ、とんでもない過ちを犯す破目になった。
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