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「ああん? なんだコイツ?」
オレはパソコンの画面を見ながら叫んだ。
「オレのニセモノじゃねぇか!」
『只飯喰太郎』
そこに書かれていたのはオレが1週間考え抜いたペンネームだった。
高2の俺は「働かずに楽しく暮らす」生活にあこがれていた。典型的な高校生だ。
夏休み中に考えついた将来設計は、印税生活者になることだった。
つまり作家だ。絵を描く才能がないので、文字を書く。
小説を書くには努力が必要だが、そこはがまんしよう。本になっちまえば、あとは寝ていても金になる。夢の印税生活が待っている。
作家になるにはどうしたらいいか? ChatGPTに聞いてみたら、ネット上に小説投稿サイトというやつがあるという。
そこで一発当てれば、メディア化されて一攫千金!
これだと思ってオレはサイトを開いたわけだ。で、ユーザー登録しようと思ったら、オレのPNを先に使っているやつがいた。
「ふざけんな! 人の名前を使いやがって!」
オレは只飯喰太郎として成功者となる人生設計を作り上げている。こんな入口のところで邪魔されるなど冗談ではない。
「コイツ、どんな小説書いてんだ?」
オレはニセ喰太郎の作品リストを調べ始めた。すると、更にとんでもないことを発見した。
「なんだ、これ! コイツ、ネタまでパクってやがる!」
なんと、ニセ喰太郎はオレが考えたネタをいくつもの作品にして、すでに公開していたのだ。
「こんなことってあるか? 偶然にしちゃできすぎだろう!」
頭に血が上ったオレはプロフィールに載っていたニセ喰太郎のアドレスにDMを送った。
「ニセ喰太郎、キサマに挑戦する!」
ニセ喰太郎は初め混乱していたが、オレが語る事情を理解すると雌雄を決する必要性を認めた。
「喰太郎モドキよ、オマエの挑戦を受けて立つ!」
「上等だ、この野郎!」
ニセ喰太郎はオレに「お題」を出してきた。
「『信長の多忙』というお題で物語を書いてみろ!」
「やってやんよ! 1週間待ちやがれ!」
「どうだ! 書いたぞ!」
「なんだこれは? 構成がデタラメじゃないか!」
「うるせえ、ニセ太郎! オマエこそ、『柳生一族の陰嚢』ってお題で書いてみろ!」
「かんたんだ、バカ野郎! 1週間待ってろ、太郎モドキ!」
オレが書いた作品にニセモノは容赦なくダメ出しをした。反対に、オレが出したお題でニセモノが作品を書く。
オレたちは競い合い、けなし合いながら作品を書き続けた。
そのやり取りはいつしか競作から共作に変わり、オレたちは交互に書き進めて1つの作品を完成させた。
「できたぞ、ニセ太郎!」
「おう。完成したな、太郎モドキ!」
オレたちは渾身の作品をネット界随一のコンテストに出品し、文学界への扉をたたいた。
「嘘だろ? 落ちただと……」
オレたちが人生をかけた小説は、一次選考にも通らずに落選した。
「そんな馬鹿な! オレは……オレはもうだめだ!」
絶望したニセ只飯喰太郎は筆を折った。その日以来、ニセ太郎の姿をネットで見かけることはなかった。
「ちくしょう、ニセ太郎め。どこに行っちまったんだ……」
オレは悲しみに打ちひしがれた。だが、このままでいいのか?
オレたちのPN、只飯喰太郎はここで終わっちまっていいのか!
「ニセ太郎はもういない。それでも……それでもオレは遊んで喰っていきたいんだあー!」
オレは灰の中から甦った。
ニセ太郎との顛末をモキュメンタリーにまとめて、一本の作品に書き上げた。
これを新たなネット公募に投稿したところ、破竹の勢いで読者選考を通過し、大賞を獲得してしまった。
「やった、やったぞ! ニセ太郎、オレはオマエの分まで……」
ピコン!
スマホの通知音がオレの注意を引いた。
「うん? ああ、『ニセ太郎とオレ』に読者コメントがついた』
ピコン! ピコ、ピコ、ピコンッ!
「う、あぁああー! 通知が鳴りやまない!」
オレは驚いて通知を開いた。
「てめぇ、よくもオレのPNをパクりやがったな!」
「くらぁ、この作品、オレのネタじゃねぇか!」
「〇ね、このニセモノ野郎!」
只飯喰太郎を名乗る100人からの怒りのコメントだった。
……オレ、PN変えよう。<了>
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