ドジっ子メイドは金ぴかメダルがほしい!

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ドジっ子メイドは金ぴかメダルがほしい!

 金持ち一家の入江(いりえ)家では最近、困った問題が起きていた。 「まーた、もらってしまったよ」  次男の燈次(とうじ)がため息を吐き、手に持った物へ視線を落とす。  手にはきらきらと光るコインが10個。  メイドのさとは燈次の顔を不思議そうに見つめた。 「どうしてそんな顔をしているんですか?」 「また兄貴のコイン癖が発揮されたんだ」 「コイン癖?」 「ああ、前回はさとがここで勤める前だったか」  そう言って燈次はコイン癖のことを話した。  入江家の長男はときどき、どこからか謎のコインを買ってくる。昔の外国の通貨だとか、ただのおもちゃだとか、その種類はさまざまだ。  そして長男は手に入れた大量のコインを弟や妹に配って歩く。ただ配るのではない。彼らが何か「いいこと」をしたら、その報酬として渡すのだ。  その話を聞いたさとは目を輝かせた。 「素敵です」 「それがな、兄貴にはコインをあげる明確な基準なんてないんだ。例えば野菜を残さず食べたとか、今日も元気だとか」 「それはいいことです」 「ああ、違うんだ。特に理由はなくても、兄貴は何らかの理由をこしらえて、あげたい人にあげるんだ。今日だって、俺が有名な絵画をちょっといいって言っただけで、実に素晴らしい知見だと褒めちぎり、コインを10枚もくれたんだ」 「ほあ……」 「俺の部屋の本棚、もう見たか? コインがうず高く積まれて、今にも崩れそうなんだ。保管場所を考えるのも億劫でな……」  燈次は心底困ったというふうに天を仰ぐ。しかしさとは、彼の手のコインに目を奪われている。  コインは日の光を受け、金色に輝いている。角度を変えると赤やオレンジにも見えて美しい。表面に刻まれた模様はどこか花丸にも似ている。 「私もほしい……」  さとは心底うらやましそうだった。  長男は弟妹にはコインを惜しみなくあげるのに、メイドには渡さない主義のようだ。だからさとは、一度もコインをもらったことがない。  すると燈次はこれ幸いとばかりに微笑み、さとの手にコインを乗せた。 「俺には不要だ。好きなだけ持っていくといい」  さとはぱあっと顔を明るくした。だがすぐに唇をきゅっと結び、コインを彼の手に戻した。 「これはいいことをしたらもらえるんですよね。だったら、私も自分でいいことをして、自分でもらわなきゃ、です」 「いや、でもさとは」  そこまで言ったとき、廊下の先から長男が燈次を呼ぶ声がした。燈次は最初無視していたが、あまりにもやかましいので、彼は渋々声の方へ向かっていった。  さとはダイニングテーブルをゆっくり拭きながら考える。 「コインをもらえるいいことって、何かな。いつものお仕事より、もーっといいことじゃなきゃってことだよね」  さとは長いまつ毛を穏やかに上下させ、天井をじいっと見て考えた。いつもより入江家の人々に貢献できることとは何だろう。 「そういえば、燈次さまがいいって言った絵画があるんだよね。それを玄関に飾ったら、みんな嬉しいって思うかな!」  さとはテーブルの花瓶に向かってニッコリ微笑んだ。  さとはコンビニエンスストアへ行き、燈次が褒めたという絵画を拡大コピーした。とにかくおっきくしたい、と店員に言ったら、分割して印刷する方法を提案してもらえた。  さとはA1用紙に分割された絵画を順番通りに並べ、屋敷の玄関ホールに飾る。ひとつずつ、丁寧に。  ちょうどそこに燈次と、その兄が通りかかった。  さとは間に合ってよかった、と微笑んだ。  しかし……。 「う、うぎゃあああっ!」  燈次が悲鳴を上げてすっころんだ。長男も「何てことをしてくれた!」と声を荒らげている。  この反応は完全に予想範囲外だ。さとはよく分からず首を傾げる。 「私、貼る順番を間違えちゃったかな……」  さとはその絵画をよく見てみる。  森の中で、花を持った少女が寝転がっている、綺麗な絵だ。何もおかしなところはない。  いや……さとは絵画を2分間じっくり見て、ようやく違和感に気づいた。 「あれあれ? 絵が真っ赤です」  コンビニのコピー機は故障していたらしい。本来はみずみずしい緑色であったはずの葉は、乾いた血のような色に染まっている。かたわらの木の幹もおどろおどろしい化け物のようだ。  完全に、ただのホラー絵となってしまった。  続いてさとは、次の「いいこと」を考える。でもナイスアイデアは浮かばない。 「そうだ。燈次さまのお洋服を綺麗にしないと」  今日の昼食時、燈次は服にカレーをこぼしてしまった。早く対処しなければシミになってしまう。  さとは洗剤を持ち、洗面所へ急ぐ。本人は小走りのつもりのようだが、動きがゆっくりなので、音をつけるなら「ぽてぽて」といった感じだ。  さとは燈次の服の汚れた部分に洗剤をかけ、こする。すると大きな範囲を汚していたカレーの汚れが綺麗になくなった。 「わあ。食器用洗剤ってすごーい!」  さとが使った洗剤はキッチンで使う食器用のものだ。服の汚れを落とすとき、食器用洗剤が効果的な場合がある。カレーの汚れもそのひとつだった。  さとは綺麗になった服を惚れ惚れと眺める。それにしてもさっぱり落ちた。この洗剤は特別な力があるのかもしれない。 「そういえば、廊下のお掃除がまだだったな。……そうだ。この洗剤でゴシゴシしたら、とってもピカピカになるかも!」  さとは屋敷の廊下が光沢を放つ姿を想像した。その輝きはやがて、さとの想像の中で、大量の金ぴかコインに変わった。  さとは妄想上で、コインを手に乗せてさまざまな角度から眺める。 「これで私も、コインが綺麗だなーって、できるかな!」  さとはぽてぽてと廊下へ向かう。そして食器用洗剤を撒いて、雑巾をかけてみる。すると、ずっと気になっていた汚れが綺麗さっぱり落ちていた。 「わぁ。すごい!」  さとは追加で、大容量のボトルに入った食器用洗剤を持ってくる。そしてすべて廊下に撒き、鼻歌を歌いながら、ゆっくりゆっくり、こすっていく。  そこにちょうど燈次が通りかかった。燈次は少し疲れた様子だった。だからこそ、さとは掃除中の廊下を見てほしかった。  誰だって綺麗な物を見れば元気になる、と思ったからだ。  さとの呼び声に燈次は軽い笑顔を見せた。そして、さとのほうへ一歩足を踏みだす。  しかし。 「っおぼあっあああ!」  燈次は奇声を上げ、足を滑らせた。一瞬、宙に浮いたかと思うと、彼の身体が上下逆さまになって床に落ちる。彼は頭の頂点を床につけ、くの字に曲げた両腕を床に突っ張って、身体を支える。  今から逆立ちをしようとする、準備のポーズみたいである。  燈次はそのままの体勢で少し止まっていたが、手を滑らせた。そして変なポーズのまま、ツルツル! と床を滑って行った。ブレイクダンスみたいな光景だ。  燈次は停止し、ぱたりと背中から倒れる。仰向けのまま、なかなか立ちあがらない。  さとは恐る恐る燈次の顔を覗きこむ。彼はぼうっと天井を眺めている。  すると、背後からうなるような声が聞こえた。 「……よくも俺の弟をひどい目に遭わせたな」  振りかえると、入江家の長男がいた。彼は怒りで顔をゆがませ、わなわなと震えている。 「申し訳ございません、これは」  さとが腰を折ると、長男はむしろ怒りを増幅させた。そして彼は重々しい口調でこう告げた。 「燈次は今、具合が悪いのだぞ」  さとは燈次に視線を移す。彼の覇気のない眼差しは、たしかに病人のそれだった。  長男は足をダンと鳴らし、言葉を続ける。 「お前のようなメイドが、コインをもらえると思うなよ」  屋敷を出たさとは、とぼとぼ歩く。  さとの心にあるのは、燈次に対する心配と申し訳なさだ。燈次は元々体調が悪くなりやすいが、あんなひどい目に遭わせる必要はない。  さとは買ったばかりの冷却シートを眺める。燈次のひたいに貼り、病気の緩和を行うためのものだ。  さとは足を止めた。 「私みたいな、何にもできないメイドが、いいことをしよう、なんて思ったから……」  さとは両手を組んで祈る。 「もうコインがほしいなんて考えません。だから燈次さまの体調を治してください」  そのとき。そばの公園から子どもの泣き声が聞こえた。  高い木に風船が引っかかっていた。そばで母親らしき人が見ると、ぴょんぴょん跳んでいるが、とうてい届きそうにない。  風船には流行りのロボットアニメの絵が描かれている。きっとイベントで配っている特別な物なのだろう。  さとは取ってあげたいと思った。  さとは、離れたところから助走をつけて走る。しかしぽてぽて歩きなので、まったく速度が出ない。  しかもさとは木の直前で停止した。助走からジャンプへスムーズに移る方法が分からないのだ。  さとは10秒ほど、その場で立ちどまった。その後で膝をぐっと折り曲げ、2メートルほど跳んだ。  さとの動きはいつもゆったりしている。でも、それはそれとして、さとの身体能力は高いのである。  さとは風船を上から包むようにして取り、少年に渡した。母親は「ドッキリ?」と言って周囲を見回したが、少年は純粋に「すごーい!」と感動していた。  さとは何がすごいのか分からず、ゆっくりとまつ毛を上下させた。 「お姉ちゃん、これあげる」  そう言って少年は、折り紙をくれた。形はいびつだが、メダルをかたどっているようだった。折り紙の色は金だった。 「わあ。いいの?」 「いいことしたら、いいものもらえるんだよ。ママが言ってた」  母親はようやく我にかえり、慌てて頭を下げる。嬉しそうな少年と、熱心にお礼を言う母親。そして手の中の、いびつな金色のメダル。  さとは何だか、胸の奥がふわっと温かくなった。  翌日。すっかり回復した燈次に、さとはあの日のことを話した。  さとは燈次に対する非礼もわびたが、燈次は慣れた様子で、あまり気にかけなかった。  それよりも燈次は、さとが手に持った折り紙のメダルのほうに関心を向けていた。 「これは、いい物をもらったな」 「何もしてないのに、もらってよかったのでしょうか」 「風船を取ってあげたんだろ? そんなにいいことは他にないさ」  さとは少し照れくさくなり、自分の髪をいじった。 「金ぴかコインがほしいなんて、欲張り言うのはやめようと思ったのに」  燈次は指をパチンと鳴らす。 「そのことだけどさ。さとにはいつもよくしてもらってるから、俺がお前にコインをあげようと思ってたんだ」 「私に?」 「寝込んでいるとき、スマホで通販サイトを巡って探していたんだが……。ポチる前でよかったよ。だって、こんなに素敵なメダルに勝てる物はないからな」  燈次はくすっと笑う。さとはまた照れくさそうに、自分の三つ編みを指先でいじる。  燈次は「そうだ」と言い、両手をパンと音を立ててあわせた。 「代わりに額縁を買おう。そのメダルを綺麗に飾れるように。そのほうが、メダルのためにもいいだろう?」  そう言って燈次はスマホで額縁を検索し始めた。どれも高そうで、さとは遠慮しようと思った。  でもメダルのためと言われてしまったので、断るのも違うように思えた。  さとは2分間じっくり考えて、こう言った。 「じゃあ、燈次さまのために何かさせてください」 「いや、いつもよくしてもらっているし」 「でもでも、私、何かしたいんです」  さとは祈るようなポーズをし、燈次にぐっと顔を近づける。燈次は恥ずかしそうに頬を掻いた後、目を細めて言った。 「じゃあ、こういうのはどうかな」  1週間後。  さとの部屋には、綺麗な額縁が置かれていた。  その中には、あの日少年からもらった金ぴかメダルが飾られていた。  そして……。そのそばに、金ぴかのコインが置かれていた。燈次が持っていたのと同じコインだ。  燈次は長男からもらった大量のコインに困っていた。困惑の理由は、燈次がコインを「不要」と思っているせいだ。  だからさとは、燈次のコインを繋ぎあわせて、ロボットの形にした。コインでできた金ぴかのロボットはカッコよく、燈次もかなり気に入った様子だった。  その貢献を讃えられ、さとは長男からコインを10個もらった。長男もさとのがんばりを認めてくれたのだ。  さとは今日もメイド服に身を包み、屋敷の窓を拭いている。  窓の向こうに見える太陽はキラキラ輝いていて、まるで、大きなコインのようだった。
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