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働いても働いても、収穫の半分以上を年貢米として持っていかれてしまうことに嫌気がさした俺は、田畑を放りだし、山へと逃げ出した。
山小屋に一人で住み着き、木こりと狩猟をしながら生活することにしたのである。
里に住む父母には申し訳ないのだが、離農すると罪になるので、親に黙って家出をしたのであった。
今頃俺は、神隠しに遭ったという扱いになっていることだろう。
山小屋暮らしでの稼ぎは微々たるもの。
それでもいつかは大きく稼いで、里に帰ったときには父母にたくさん土産を買ってやりたい、などと夢を見ていた。
いつかは金持ちになる。
それが夢だった。
ある日、いつものように山で木を斬っていると、藪の中から弓や刀を持った武士たちが何人も現れた。
このあたりを治めている武士たちが、狩りを嗜んでいたようだった。
身分が上の人たちだ。
とりあえず、ひれ伏して礼を尽くした。
すると、声をかけてきた。
「そこの者、この山はよき獲物はおるか」
「はぁ、うさぎなどはよう見かけますが」
この武士たちは、娯楽として狩りをしているのだ。
俺は生活のために狩りをしているというのに、武士とはなんとも気楽なものだ。
「ところで、おまえの顔は……」
まさか、俺が里を逃げ出したことを知っているのだろうか。
しかし、次の瞬間、俺は驚く。
奥から出てきた、立派な着物の人物は……俺と同じ顔をしていたからである。
武士たちは言った。
「この男、殿にそっくりではありませんか」
すると、殿と呼ばれていた男は、無表情でのっぺりした顔でこう言った。
「ほう……似ていると言われれば、そうかもしれぬ」
俺はいつも無表情で、感情的になってもそれがなかなか顔には出なかった。
また、特徴がなく、のっぺりした顔だとよく言われてきた。
世の中には自分に似た人が数人いるとは聞いていたが、今まさに、自分と同じ顔をした人物と出会ってしまったのである。
武士たちは小声で何かを相談し始めた。
やがて結論が出たようで、こう言ってきた。
「おまえ、家族はおるのか?」
里から逃げ出したことは伏せておいたほうがよいだろう。
「いえ、一人で山に住んでおります」
「山での暮らしは難儀であろう。城で働いてみぬか?」
「城?」
「そうだ。おまえは殿によく似ておる。おまえにしかできぬ仕事があるのだ。悪いようにはせぬ」
これも何かの縁であろうか。
自分と同じ顔の人物に会い、運命が大きく変わるような予感がした。
ものは試しだ。
夢だった金持ちに、俺はなれるのかもしれない。
「はぁ……あっしでよければ」
「あっし、などという言い方も今日で終わりだ。おまえは武士となってもらう。自分のことは『それがし』と呼ぶがよかろう」
こうして、俺は城に連れて行かれた。
ただし、頭巾を被らされ、つまりは顔を隠された状態で、俺は城に招かれたのだった。
やがて、どこかの部屋に入ると頭巾は脱がされ、周りがよく見えるようになった。
なかなか立派な部屋である。
「さて、殿にそっくりなおまえさんに、頼みたい仕事があるのだが」
狩猟や木こりくらいしか取り柄がない俺に、いったい何を頼むというのだろうか。
「殿の影武者になってもらいたい」
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