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 あたしに向けられたその分厚い紙束には、「アーシェ」として覚えておくべき事柄がびっしり印刷されていた。 「今日から一日30回は読んで、完全に頭に入れてちょうだい。動画データは部屋に用意しておくから、アーシェの話し方やダンスの癖は引っ越してから習得しましょう」  ゾッとすることを淡々と言われ、デビューまでにこなす課題の膨大さに鳥肌が立つ。怖い、けれど、もう判は押してしまった。顔を上げると、社長は口元だけに笑みを浮かべ、越智さんは睨むようにじっとあたしを見つめていた。 「わかりました……」  デビューの目処も立たず訓練所を去っていった人たちの顔が、脳裏に浮かんでは消えていく。傷つき、心を病み、からっぽになって堕ちていった女の子たち。あふれるほどの才能があっても、血の滲む努力をしても、アイドルになれる人間などほんのひとつまみだ。  けれど、あたしは違う。  あたしは、S-MILE-S(スマイルス)のアーシェ……  私はS-MILE-S(スマイルス)のアーシェ! 「がんばります!」  拭いきれない不安でカタカタ鳴る歯をグッと噛み締めて、決意を告げる。すると越智さんは、初めてあたしに微笑みかけた。  その表情はなぜか、少し哀しげに見えた。 【了】

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