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White Mage
名も知らぬ虫がどこかて鳴いていた。
闇色の木々が今にも動きそうな、魔の森。
雲に半分隠れた月の光を失えばたちまち漆黒の闇に覆われることは間違いない。
⋯⋯その辺の繁みから魔物が飛び出して来るかもしれない魔の森の中を丸腰で歩き回るなんて、よほど己の拳に自信のある格闘家ぐらいであろう。
しかし、あいにくとあたしは格闘家なんかではなく、かよわい白魔導師だ。
しかも、さっき仲間に裏切られ、キャンプで一服痺れ薬を盛られ、身ぐるみ剥がされたばかりの⋯⋯。
「ううう⋯⋯油断した」
普段は単独行動をしている野良魔導師のあたしだが、酒場で出会った三人組のパーティに誘われ、サクッと同行を引き受けた結果。
なけなしの路銀と魔導師のマント、大事な道具箱を奪われてしまったのだ。
「⋯⋯へっくしゅっ」
派手にくしゃみをしたあたしは拳をダンッ! と地面に叩きつけた。
「絶対に取り返す」
そもそもこの案件。
魔の森の北にある廃墟⋯⋯その最下層に宝部屋が眠っている、という伝承か噂話のようなあやふやな怪しさ満載の話であった。
普段のあたしなら、いくら酔っていても⋯⋯そんな嘘くさい話には絶対に飛びつかない。
今回、いかにも頭の悪そうな戦士にそこにはさらに宝物庫に通じる魔法陣まであるのだ、と囁かれ⋯⋯反射的に首を縦にふってしまっていた。
だって。
この『魔法陣』こそ。
あたしが探し求めていた約束の場所かもしれなかったからだ。
「あーあ。でも、また無駄足だったりして。⋯⋯ちっ、まだジンジンするわ。回復!」
フラフラしながら呪文を唱えたあたしは痺れの残る身体を引きずり、先に行った三人組の後を追って暗い森を抜ける。
「⋯⋯ここか」
森が途切れた所であたしの視界が一気にひらけた。
そこには切り立った巨大な岩壁が立ち塞がり、その岩壁と地面の間にポッカリと大きな穴が開いている。
穴の中には崩れかけた石段が見えていた。
「⋯⋯なるほど。ここであたしの大事な道具を勝手に使った、というわけね⋯⋯絶対に倍にして返してもらうんだから」
あたしは地面に残された焼け焦げた鍵をつまみ上げた。
この入口にも魔の森と同様に簡単な結界が張られていたらしい。解除の道具ぐらいなら、初級冒険者でも扱える。
どうやら三人組はあたしの持っている道具が目的で仲間に誘い込んだとみた。
三人組は頭の悪そうな若い戦士の兄ちゃんに柄の悪そうな目つきの悪い盗賊の姉ちゃん、いかにも脳筋のおっちゃん武闘家という組み合わせだった。
夕飯に一服盛る程の知能が彼らにあるとは思っていなかったあたしにも落ち度はある。
うん。
ちょっと見くびり過ぎてたわ。
「明かり!」
あたしは指先に小さな魔導の光を生み出し、地面を照らし出す。
明らかに、人の足跡らしきものが残されていた。
その数、三つ。
「ここで間違いないわね」
あたしは穴の中に続いている石段を慎重に下りだした。
◆◇◆◇◆
地面に石を敷きつめた地下トンネルは螺旋を描きながら降りていた。
途中、細い分岐点もあったが無視してメインと思われる地下道をすすむ。
全く人気のないT字路の手前であたしはピタリ、と足を止めた。
「殺気がダダ漏れになってるわよ。それであたしを待ち伏せたつもり?」
あたしはほんのりカビ臭い、湿った風に呟いた。
「⋯⋯ちっ、あの痺れ薬は不良品だったようだな」
声はあたしの後ろからした。
ゆっくり振り向けば、崩れそうな石壁を背景に佇む若い戦士の姿。
「そうね。自分で試してみるといいわ。心臓まで痺れて息が止まるでしょうけどね」
あたしの言葉に戦士の横から出てきた猫目の盗賊女が隣の武闘家の足を踏んづけた。
「ラルク! あんた、また目分量で盛ったわね?」
「痛え! 確かに目分量だけシェイドさんに言われた通り、象もぶっ倒れるぐらい大量に盛ったぞ!」
「じゃあ何でアイツ、あんなにピンピンしてんのよ」
「俺が知るか! 象より丈夫なんだろうよ。そんなに言うならお前がやれば良かっただろ、ジル」
「イヤよ! あんなかぶれそうな薬っ。あんた達と違って私の肌はデリケートなんだからね!」
仲間割れをしている隙にあたしは後ろに跳び、間合いをとってから呪文を唱えた。
「爆ぜろ!」
あたしの手から生まれ出た白光は彼らの足元の石畳に炸裂する!
ゴオオォォンッッ!
巻き起こった爆風に地下道が震え、砂埃が舞い上がった。
「⋯⋯おわっ!」
「何っ!?」
あたしが攻撃呪文が使えるとは想定外だったんだろう。
慌てふためいて馬鹿みたいに突っ立っている戦士に向かってあたしは走った。
「くっ! そんな攻撃、当たらなければ意味がない!」
吠えて彼は手にした長剣を大きく振りかぶる。
間髪をいれず、あたしはシェイドのみぞおちに蹴りをいれた。
「早いっ!?」
音もなく崩れ落ちるシェイドを見て、驚愕の声をあげるラルクとジル。
次の瞬間、ラルクとジルの首筋にもあたしの手刀が叩き込まれる。
⋯⋯二人はどさり、と倒れ伏した。
「はいはい。しばらくここでおネンネしてなさい。道具箱は返して貰うわ」
ラルクの背負っていた袋からあたしの道具箱を取り返すと、先に続く闇色の通路を再び進みだした。
◆◇◆◇◆
通路の行き止まりには、何の変哲もない扉があった。
ノブに手をかけて回すと、軋んだ音を立てて開く。
⋯⋯中に入ると、そこはなんとも奇妙な部屋だった。
だだっ広い空間にいくつものクリスタルの柱のようなものが浮いている。
「ここは⋯⋯一体?」
あたしが呟きかけたその時。
クリスタルが部屋の中心に集まり、紋様を描き出した。
「あれは!?」
声をあげてあたしはクリスタルに走り寄った。
クリスタルの柱にぼんやりと浮き上がってみえるのは、まぎれもなくあたしの故郷の風景。
懐かしい、あたしの城や庭。
そして、幼い頃から眺めていた岩山や森が映し出される。
「あぁ⋯⋯」
不覚にもあたしの両目から熱いものが溢れ出した。
「⋯⋯はいはーい。残念だけど、貴女はまだ帰れないよ。ここは君の約束の場所ではなく、単なるダミーでした。ざんねーん」
どこからか飄々とした聞き覚えのある声が聞こえた。
懐かしいあたしの故郷の風景がゆらりゆらりと歪みながら消えてゆく⋯⋯。
そして。
代わりにクリスタルの中に漆黒の影が映った。
「ルシファー!」
キッと睨みつけるあたしに、影は面白そうな声をあげる。
「クックック。実にいい顔だね、ルシア。君のそんな顔が見えるなんて、いつ以来だろう。
ねぇ、今度こそ、帰れると思ったかい? 僕が君に約束した場所はここじゃないよ。まぁ、また頑張って探すことだね⋯⋯」
どこからともなく響く声が遠ざかっていく。
「⋯⋯この、クソったれがっ!!」
かつてあたしの夫だった───天空から落とされた魔界最強の魔王に向かってあたしは最上級な悪態を投げつけたのだった。
◆◇◆◇◆
「う⋯⋯ん⋯⋯」
頭を抱えながら、ジェイドが身を起こそうとした。
が、身体が動かない。
「な、なんじゃこりゃぁぁあ!」
ジェイドの叫び声にジルとラルクも目を覚ます。
彼らは下着姿で芋虫のようにグルグル巻きにされた状態で自警団の詰所の庭に転がっていた。
無論、転がしておいたのはあたしだ。
「なになに? 『この三人組はありもしない宝のダンジョンをエサに善良な市民を襲い、痺れ薬を盛って金品をまきあげる闇の詐欺グループです。彼らを是非、この場所へ連れていくことをお約束下さい』だと?」
三人を発見した自警団長が添えられていた魔法文書を読み上げた。
「おいっ!俺達は詐欺グループじゃないぞっ!」
ジェイドが抗議の声をあげる。
「じゃあ、この痺れ薬はなんだ?」
団長は嫌そうにラルクの股間から発見された痺れ薬の袋をつついてみせた。
「そ⋯⋯それは⋯⋯」
言葉につまるラルク。
「そんなの、あたい達知らないよっ! アイツにはめられたに決まってるじゃないかっ!」
「アイツ?」
必死に喚くジルに団長は首を傾げた。
「ちんちくりんの白魔導師さ! お兄さん、そいつが詐欺グループのリーダーなんよっ!」
「なるほど。白魔導師か⋯⋯それはお前らも災難なこった」
団長は納得したように腕を組んだ。
「だろ? だから縄を解いて⋯⋯」
喜色をうかべるラルクに、
「それはダメだ。言ったろ、災難なことだなって」
団長は断言した。
「「「へっ!?」」」
「お前ら、白魔導師の魔法文書を知らんのか? 読み上げたらその通りにしないと俺が呪われるんだよ。ま、お前らも見るからに怪しい奴らだし。観念するんだな」
団長はテキパキと他の団員に護送用の馬車を手配するように指示を出す。
「⋯⋯おい。俺達をいったいどこへやるつもりだ?」
「あぁ、魔法文書に書かれているお前らの約束の場所は『地獄の収容所』だ。
一生出られない、文字通り、地獄の強制労働が待ってるぜ。
これに懲りたら白魔導師なんぞにちょっかいをかけないこった」
団長は気の毒そうに三人組を見送った。
そう。
あたしの名は白魔導師ルシア。
追放された故郷の魔界に帰るために地上を彷徨っている、かよわい白魔導師である。
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