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時計の針に氷柱ができる、寒い冬の日。
苦しげに息を吐き、年老いた女が時計台へ上がって来た。
「……こんなに階段が急だったなんてね。あの時は全然感じなかったわ」
ソレが久しぶりに聞いた人の声だった。
ソレには人間がほとんど同じように見えていたから、老女が誰かが分からなかった。
「お久しぶりね。時計台さん……」
お日様みたいな赤毛は見る影もなく、くすんだ雪の色へと変わっていた。
「相変わらず、あなたは働き者ねぇ」
白い息とともに、老女はゆっくりと話し始めた。
「ここへ来たのは初めてのデートだったわね……」
ジャンから聞いた話と違う部分もあったけれど大体は同じ、何の変哲もない話だった。
老女はポケットから小さな時計を取り出した。
時間くらい教えてあげるのに……。
ソレは思った。
「……あらあら、もうこんな時間」
「これね、ジャンが私にプレゼントしてくれたの。懐中時計って言うんですって。私もあの人に時計を送りたかったんだけど、あなたがいるって断られちゃったのよ。まあ、お金もなかったんだけどね……」
ソレはジャンが断ったのは当然だと思った。
毎日、毎日、ジャンはここに来ていたのだから。
掃除をし、床を磨き、定期的に振り子時計のハンドルを回しネジを巻く。
正確に時を刻み、時間を告げる。
それをジャンは立派なことだと、いつも褒めてくれた。
「ジャンがね、もうここに来れなくなったの……。すまねぇって。ありがとう相棒ってあなたに。私からも今までありがとうってお礼を言いに来たのよ」
そう言い残し、老女は階段をゆっくり降りていった。
今度、何かになれるなら懐中時計になりたい。
肌身離れず、ジャンの側で時間を教えてあげよう。
ソレは思った。
時計台の鐘が陽の光でキラキラ輝き、街中に響き渡った。
道行く人が足を止める。
「あの時計台、鳴るんだ」
「壊れてるから取り壊すんだろ。ほら時間も狂ってる」
空高く響き渡るように、時計台はいつまでも鐘を鳴らし続けていた。
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