時計台の贈り物

4/4
前へ
/4ページ
次へ
 時計の針に氷柱ができる、寒い冬の日。    苦しげに息を吐き、年老いた女が時計台へ上がって来た。 「……こんなに階段が急だったなんてね。あの時は全然感じなかったわ」  ソレが久しぶりに聞いた人の声だった。  ソレには人間がほとんど同じように見えていたから、老女が誰かが分からなかった。 「お久しぶりね。時計台さん……」  お日様みたいな赤毛は見る影もなく、くすんだ雪の色へと変わっていた。   「相変わらず、あなたは働き者ねぇ」  白い息とともに、老女はゆっくりと話し始めた。 「ここへ来たのは初めてのデートだったわね……」  ジャンから聞いた話と違う部分もあったけれど大体は同じ、何の変哲もない話だった。  老女はポケットから小さな時計を取り出した。  時間くらい教えてあげるのに……。  ソレは思った。 「……あらあら、もうこんな時間」   「これね、ジャンが私にプレゼントしてくれたの。懐中時計って言うんですって。私もあの人に時計を送りたかったんだけど、あなたがいるって断られちゃったのよ。まあ、お金もなかったんだけどね……」  ソレはジャンが断ったのは当然だと思った。  毎日、毎日、ジャンはここに来ていたのだから。  掃除をし、床を磨き、定期的に振り子時計のハンドルを回しネジを巻く。  正確に時を刻み、時間を告げる。  それをジャンは立派なことだと、いつも褒めてくれた。 「ジャンがね、もうここに来れなくなったの……。すまねぇって。ありがとう相棒ってあなたに。私からも今までありがとうってお礼を言いに来たのよ」  そう言い残し、老女は階段をゆっくり降りていった。  今度、何かになれるなら懐中時計になりたい。  肌身離れず、ジャンの側で時間を教えてあげよう。  ソレは思った。  時計台の鐘が陽の光でキラキラ輝き、街中に響き渡った。    道行く人が足を止める。 「あの時計台、鳴るんだ」 「壊れてるから取り壊すんだろ。ほら時間も狂ってる」  空高く響き渡るように、時計台はいつまでも鐘を鳴らし続けていた。  
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加