時計台の贈り物

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「じいさんがポックリ逝っちまったから、今度からオラがお前を動かしてやるからな」  こんなに訛りの強い言葉をソレは初めて聞いた。  逝っちまう、の意味はよく分からなかったが、もう二度と男はここに来ることはないのだとソレは思った。 「オラ、ジャンだ。これからよろしぐな」  ジャンというその男は、ソレに挨拶をした。  そう遠くないうちにコイツも逝っちまうんだろう。ソレは思った。    しばらくするとジャンという男は、ソレに変化をもたらした。 「躊躇せずパンを買いたい」 「家族がいっぱい欲しい」 「オラにはいっぱい夢があるんだ」  それがジャンの口癖だった。    この人間からは軋んだ音は聞こえなかった。  しかし夢を持ち、変化を望む人間の気持ちはソレには全く分からなかった。  特段好ましいとも感じなかったが、ソレにはジャンがとても新鮮に感じられた。 「食堂に女の子がいるんだ。めんごくてなぁ。あんな子が嫁さんになってくれたらオラ幸せすぎるべ」    ジャンが話すのは、ソレが初めて聞く人間の感情だった。  興味深いとソレは思った。 「ここがオレの仕事場だ。時計台は見晴らしがいいから気持ちいいべ。君にも見せたかったんだ」  ある日、いつもより小綺麗な服装をしたジャンが、一人の女を連れて階段を上がってやって来た。 「この時計台の時計はスゲェんだ。鐘はもう鳴らねぇけど、ちゃんとネジを巻いてやりゃ、こんな正確な時計他にはねぇんだ」  当然だ。そのために時計はあるんだから。ソレは思った。   ジャンが連れてきたのは、特段優れた所の見られない、華やかさとは無縁の女だった。  お日様みたいな赤毛は見事だったが、ソレには彼女が街にいる婦人達と同じ生き物には見えなかった。  ジャンもまた、街の紳士とは違う生き物だから、似た者同士の二人に思えた。
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