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始まりの日
パタはグラン王国の首都、ダリアから馬車で5時間ほど離れた湖のほとりで育った。代々漁師の家系で、自分も幼い頃から父親について、湖に出て、漁を手伝ってきた。
今日は、遂に、自らの舵取りで初めて船を出す日だ。湖・・・王国には大小様々な湖があるが、この湖は、ダリアをはじめ、王国内の人々の喉を潤す唯一無二で最大の湖で、人々は敬意を持って「湖」と呼んでいる。この湖では、15歳になると、湖の恩恵を受け生きていくにふさわしい者であることを湖の主に認めてもらう儀式を受ける。パタは、伝統的な漁師の装い、オレンジ、緑、紫の3色が絡み合い、蔦のように伸びている紋様が施されたベストと、濃い茶色のズボン、膝から下は、布紐で締め、息を吐き出した。
湖の主を見た人はいない。祖父の祖父のまたさらに祖父のさらに気を遠くなるような昔に、湖の主と契約を結んだ先祖がいると言われているが、御伽話のようなもので、「認めてもらう」というのが一体何を指しているのか、パタにはわかっていなかった。ただ、湖の男たちは、父も含めて、行けばわかる、という。
誰もがそう言われて儀式に参加し、よくわからずに儀式を終えたのだろうとパタは思っていた。それが伝統だから、と。
居間では、父と母が神妙な面持ちで待っていた。母から、湖の主に捧げる、果実を煮詰めた汁が入った筒を受け取る。父からは、錫を。
「湖の中央で祝詞をあげ、筒を投げ入れろ。あとは自然と流れていくだろう。」
「自然と?錫は何に使うの?」
「行けばわかる。」
(またそれか・・・行っても何もないから、みんなそう言うんだろう。)
「錫も投げ入れてもいいの?」
「行けばわかる。」
パタはそれ以上のやり取りを諦め、家を出た。湖は目と鼻の先だ。
小舟に乗る。普段は3人で乗り、漁をするが、儀式の日は一人で漕ぐ。湖の中央まで、約5時間ほど。日の出とともに船を出し、そして、日が沈むギリギリに帰って来れるかどうか。湖の中央よりも手前に漁場があるので、中央まで行くのは初めてだ。大きな岩があり、それが目印だと言われている。
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