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船出
両親や近所の人の見送りを背に、ゆっくりを船を漕ぎ出した。いつもよりも、やはり力がいる。しかし、湖岸の人が見えなくなったあたりから、自然と、何かに引き寄せられるように船が進んでいく。勝手知ったる漁場のあたりまできて、短く休憩をとった。水を飲みながら、湖の下を見た。湖に映る自分の姿を見て、微かな違和感があった。が、それが何なのかははっきりとわからない。
「早く行って、早く帰ろう。」
パタは誰にいうともなく一人呟き、また船を漕ぎ出した。さらに勢いが出て、不思議なほどスムーズに進む。
空は快晴だが、いつも湖の中央あたりは靄がかかっている。普段、中央に人が行かない理由の一つでもある。湖の主への敬意と、実際に靄があって、無闇に近づくと危険だから、湖の子供達は、幼い頃から、絶対に一人では湖にでないこと、そしてくれぐれも湖の主の聖域を荒らさないことを耳にタコができるほど聞かされる。
もう湖の中央にかなり近づいているはずなのに視界は変わらず良好だ。
(漁場から中央の方を見た時は、確かに靄があったはずだけど・・・・風で飛ばされたのかな・・・)
途中休憩を挟みながら、4時間以上漕いでいる。
(そろそろ、目印の岩が見えても良いはずだけど・・・遠くまで岩という岩はないけど、途中で方向を間違えたかな?)
一度船を止め、コンパスを覗く。湖は不思議な磁場が働いているので、首都ダリアで売られているようなものではなく、地元の漁師が使う湖専用のコンパスだ。
と、漕いでもいないのにスルスルと船が動いていく。
(え・・・何だよ、これ。自然と流れるってこういうこと?どうなってるんだ。)
パタは、魯を固定し、湖の中を見た。自分が映って・・・・
(ん?)
また微かな違和感を感じ、見ていると、湖の中の自分が幼い姿へと変わっていく。どんどん幼くなり、5、6歳くらい?の少年になった。少年が神妙な面持ちでこちらを見ている。パタは目を逸らすことができず、しばらく呆然と見ていた。
と、少年の口が動いた。何かを話しているが、聞こえない。口の動きから読み取ろうとするが、わからない。何かを必死で伝えようとしているように見えるが、本当に全くわからなかった。
「わからないよ。何?僕に話してるんだよね?何?」
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