1章 家政夫とポチタマ

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1章 家政夫とポチタマ

「先週一緒に飲んだじゃん…」 「…そうだっけ?」 「いつも髪切りに行ってるしさ。…俺、お得意様だよ?」 「いつもって、いつの話…?それと私のお得意様はもっとお金使ってくれるんだけど」 私、霧島美亜は、都内の美容室で働く29歳の美容師。 そして今、私の住むマンションの玄関先にやって来たのは… 「お願いがあります」って突然メッセージをしてきた黒崎嶽丸。 彼は3歳年下の幼なじみで、一緒に飲みに行ったり、髪を切りに来たりして、確かに親しく交流はしている… 「お願い…!次の家を探すまでの間…ここに俺を置いてくれ!」 「突然来てそんなこと言われてもさぁ…」 「じゃあもっと美容室でお金使うよ!この前言ってたオススメの髪色に染めるから!…あ、なんなら美亜色に染まってもいいよ?…なんてな…ふふ」 なに言ってるんだか…。 嶽丸はどうやら、住んでいたアパートを追い出されたらしい。 数ヶ月家賃を滞納して、有無を言わせず退去させられたという。 「彼女いないの?嶽丸なら何人もいそうだし、それこそ来て欲しいって言う女の子はたくさんいるでしょ?」 「ダメダメ。どの子も身元ハッキリしないし、そんな子の部屋で、仕事なんてできねーもん」 「…身元ハッキリしない子と遊ぶなよ…」 軽めチャラ男の嶽丸だけど、凄腕SEとして、かなり大手のIT企業に勤めている。 「せめてパソコンだけでも中に入れてくれない?なんか雨が降りそうだしさぁ…頼む!」 パシっと両手を合わせて拝まれ、ついうっかり「仕方ないなぁ…」と言ってしまった。 「マジ?ありがとう…!美亜ってすっごく可愛いしいい女だし…なんかそそる!」 そんな浅い褒め言葉を連発されてギュっと抱きしめられ、私は胸を押し返しながら言った。 「その代わり、ソッコーで新しい部屋見つけてよね?凄腕SEなんでしょ?お金がないわけじゃないのに、なんで滞納するかなぁ…!」 ブツブツ文句を言っている間に、下に停めてある車から、さっさと仕事道具のパソコンと関連機器を運び入れる嶽丸。 仕方なく…物置きとして使っていた部屋をあけ、そこに入れてもらうことにした。 「他の荷物は明日届くから!本当にありがとう美亜…!」 自然に腰のあたりに手をやって、ふと近づいてきたと思ったら、チュッと頬にキスをされた。 この自然な動作…いかにも女ったらしの遊び人…といった感じ。 「なんかさぁ、美亜の部屋って散らかってるよな?」 ギクっ…として嶽丸を見る。 すっかりくつろいで、リビングのソファに腰掛けてるけど…入っていいとは一言も言ってない。 「…仕事忙しくて、後回しになってるんだよね…気にはなってるんだけど…」 美容師という仕事は意外と体力勝負。しかも今は、自分の仕事の他にアシスタントの教育やマネジメント業務までやっている。 銀座本店のアートディレクターという、わけのわからない役職を与えられ、しかも店長。 仕事に忙殺される毎日を送っていた。 だから…それでなくても広め2LDKのこの部屋、帰って片付けをするなんてとても無理。 明るめのグレーを基調にした落ちついた空間にしたのに、いつの間にかあちこちに物が散乱して、出したら出しっぱなし状態。 自分が悪いけど、ここ1ヶ月は片付いてないこの部屋が、私のストレスを増長させていた。 「誰か代わりにやってくれないかなぁ…って思ってるんだけど」 言いながら、クッションを抱えて私を見上げる嶽丸と視線をかわす。 …あっ!いいこと思いついてしまった。 「…ねぇ、嶽丸って、ほとんどリモートで仕事してるんでしょ?…」 「そ。リモートOKだったから決めた会社だもん」 「…だったらさぁ、この部屋、片付けてくれない?」 時間あるよね? 私より家にいるよね?…と畳みかけてみれば。 「…いいけど」 あっさりOKをもらって、さらに閃く。 「確か、料理得意じゃなかった?…っていうか、家事全般できるよね?…前に健と遊びに行った時、スゴい部屋が綺麗だったもん!」 健というのは、私の3歳年下の従兄弟で、嶽丸にとっては私と同じく幼なじみ。そして同級生という間柄。 「得意だよ。…だからなんか、この散らかった感じ、イライラするわ。片付けたくなる!」 「それ!頼むわ!」 パチン…っと指を鳴らす私に、嶽丸はその整った顔を呆れたようにほころばせる。 「家政夫!家賃はいらないから、この家の家事、全部やって!」 その笑顔は、整いすぎて近寄りがたいとすら感じる雰囲気を、一気に壊す可愛いらしさ。 …思わず子供の頃を思い出してしまう。 嶽丸と初めて会ったのは、彼が中学生、私が高校生の時。 まだあどけなさの残る顔は、今と同じように、肌荒れとは無縁の綺麗な顔だったっけ。 「よし…!じゃあ契約成立だな」 私の条件を簡単に飲んだ嶽丸。 こうして私は、この日からしばらく嶽丸と同居することになった。 これで部屋が片付かない悩みから解放されることになって、私の気分は上々だった。
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