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 そそり立つ岸壁に、波が打ち付け泡を吹いて砕ける。  その泡が、岩肌の上に貼り付いたまま、次の波が砕けて散る。  何度目の波で泡が消えるのだろうか。  そんなことを考えながら、ぼんやりと海に視線を投げていた。  数百人が住む小さな離島には「西グワヌガロス」という名がついていた。  言い伝えによれば、邪教サネッミラキアを人々が集まって、ひっそりと生活していたらしい。  それで奇妙な名前が付けられたのだそうである。 「今年は暖かかったから、ほうれん草が育たなくてねぇ」 「それなら実家から送ってもらうよ。  キャベツならいっぱいあるから、持って来る」  ウミネコの柔らかい声が聞こえるガードレール越しに、島の人々の何気ない会話が、BGМになって体に染み込んでくる。  海風に乗って潮の香りが辺りを包み込み、太陽に照らされた海は輝いていた。  津崎 弘征(つざき ひろゆき)がここにいるのは、毎日通る郵便配達人を一目見るためだった。  遠くから近づく赤い自転車を認めると、また視線を海へ移して関心がない風を装った。 「あら、今日は何をしているのですか」  真っ直ぐな銀色のパイプハンドルと、ことさらに大きなブレーキ。  後ろに赤い(かご)(くく)り付け(ほろ)を被せてある。、 「海を見てたのさ」  ちょっぴり気取ったトーンで横顔を向けたまま言った。 「きれいですね」  ネームプレートに辰巳 和紗(たつみ かずさ)と書いてあったから、名前は知っている。 「また、出たそうですよ」  唐突に、彼女の声が緊張の色を帯びた。 「どこで」  ぶっきらぼうに返して、視線は海に投げたままだった。 「クレイシの峠あたりだとか」  語尾を少し濁していた。 「またか」  近頃悪魔だの、妖魔だのという類が頻繁(ひんぱん)に目撃されるようになった。  そんな虚構の世界の生き物が、現実にいるはずはない。  すべて人間の想像力が作り出したニセモノである、はずだった ───
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